【第23話】心のドアって何ですか?

琴音先生は僕たちがうなずくのを待ってから、再び話し始めた。


「中学1年生のみなさんは、今まさに思春期だったり、まもなく思春期に入ろうとしています。思春期は、子どもから大人へと成長していく途中で、精神的に不安定になっている時期ですから、心の病を発症しやすいのです。心の病にもいくつか種類がありますが、その中でも『うつ病』は、中学生になると急激に増えて、大人と変わらない頻度で起きているという報告もあります。小学生でも『うつ病』になる場合がありますが、やはり多いのは、みなさんぐらいの年代からです」


「じゃあ、中学生の『うつ病』は思春期の体の変化が主な原因で、大人の『うつ病』は仕事や人間関係のストレスや環境の変化が主な原因ってことですね」


さすがは優等生の新菜だ。

話の骨子をまとめるのがうまい。


「そうです。では、どうすれば『うつ病』はよくなるのか。それは、周りの人が『心のドアを開けておくこと』に尽きると思います」


そう聞いて、僕だけでなく、みんなの頭の上に「?」マークが浮かんでいるように思えた。

僕は琴音先生に質問した。


「先生、心のドアを開けるって、どういう意味ですか?」


「いつでも手助けができるような関係にしておく、ということです。『うつ病』の傾向がある人の多くは、誰とも話したくない、距離をおきたい、放っておいてほしいと思っています。だから、本人が『助けて』というサインを出すまでは距離をおいて見守るのが原則です。でも、『助けて』のサインを出しているのに気がつかなかったり、放っておいてしまうと、助けられるものも助けられません。そこで、ある程度の距離をおきながらも、『助けて』のサインを見逃さないこと。そして、ときどき『いつでも力になるから、困ったことがあったら気軽に声をかけてね』というような声かけをして、『私はあなたに対して、いつでも心のドアを開けていますよ』と意思表示をしておく必要があります」


「つかず離れず、ということですか?」


「そうです、カイトさん。他人と距離をおきたがっている人の様子を見守るのは、なかなか難しいと思いますが、コミュニケーションを完全に絶ってしまうと、回復のチャンスを逃してしまいます。その人が話しかけてきたら、話をよく聞いて、まずは『わかるよ』『つらいね』といった共感する言葉をかけてあげましょう。こうした、ちょっとした会話を繰り返していくことで、『うつ病』は改善していく場合があります」


「うーん……。さっきの小古呂さんみたいに『人を寄せつけないオーラ』みたいなのを出していたり、家に閉じこもっていたりする人を、ちゃんと見守るのって難しいです。メールで声かけをするのはダメですか?」


「メールや手紙など、相手の表情が見えないやりとりは、送った側にとっては何気ない言葉であっても、受け取る人にとっては深い意味がある言葉に思えて、傷ついてしまうことがあります」


「あ……。確かに、そうかもしれません」


「だから、メールよりも、直接会って会話をして、もしもその人の顔色が変わったりしたら『ごめん、変なこといっちゃった?』と、すぐにフォローできるような状況でやりとりをするほうがいいでしょう。『気分がころころ変わる』『やる気が起きない』といった症状の他に、思春期の『うつ病』には、『長時間眠る』『食欲が増す』『怒りっぽくなる』といった症状もありますから、これらを見逃さないことが大切です」


琴音先生に説明してもらって、僕には思い当たることがあった。

小学生のころには、自分の周囲には『うつ病』の子なんていないと思っていたが、6年生のとき、あるクラスメイトが、急に人が変わったように怒りっぽくなって、そのあと半年近くも、ずっと学校を休んでいたことがあった。


その子のお母さんの話では、『医者では異常なしといわれたのに、家で寝てばかりいる』ということだったが……あの子はもしかしたら、思春期の『うつ病』だったのかもしれない。

もしも僕が上手に声かけをしてあげていたら、もっと早く回復できていたかもしれない。


「小古呂奈江さんの様子を見てきます」


僕はそういって、さっき小古呂さんが向かった方向に走った。

すると、スマートフォンに向かって話している小古呂さんの姿をすぐに見つけることができた。


話しているといっても、談笑しているわけではない。


ただごとではないのは、すぐにわかった。

片手で目をおおって隠しているが、小古呂さんは確かに涙を流している。


僕は彼女に気づかれないように、さりげなく近づいて耳をそばだてた。


「コーチがクルマの接触事故で遅れるって……。うん、ケガはないらしいけど、警察の手続きが必要らしくて……。ママ、私、どうしたらいいのか……。でも、もう練習時間は始まってるのよ? ……え? そんなの無理よ。知らない人に声をかけて練習してくれなんて、私がいえるわけないでしょう? ……え? 練習なしで試合に出て、恥をかくのなんてイヤ。私……もう帰るッ」


小古呂さんは電話を切ると、テニスコートに背を向けて、ゆっくりと歩き始めた。

どうやら今の話の流れでは、今日の試合を棄権するつもりのようだ。


そのとき、涙目の小古呂さんの視線が、ふと僕に向けられた。


♪∽♪∝♪——————♪∽♪∝♪


『テニスなんかにゃ興味ない!』を

お読みいただいてありがとうございます。


この物語は毎日更新していき、

第50話でいったん完結する予定です。


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