【第21話】彼女は燃え尽きたんですか?
コンビニでおにぎりを2つずつ買って食べながら、三太郎と一緒に再びテニスコートへ向かう。
すると、ちょうど到着したばかりの琴音先生、新菜、長内さんの3人と合流できた。
いつのまにかテニスコートには小学生がいなくなり、大人の女子テニスプレーヤーたちが練習を始めている。
中には外国人も混じっている。
喜んだのは、もちろん三太郎である。
「うっひょー! すばらしい眺めですなあ!」
「そうですね。テニスの森というだけあって、これだけたくさんのテニスコートが並ぶと壮観ですね。この屋外コート以外に、室内コートもあるんですよ」
琴音先生は三太郎のいう『すばらしさ』を誤解しているようだが、このままスルーしておいたほうがいいだろう。
僕は先生に質問した。
「先生、ここにいる選手はみんなプロなんですか?」
「プロ選手もいますが、ほとんどがアマチュア選手です。今日の大会はITFサーキットといって、世界大会の中では一番レベルが低い大会。こういう試合に勝ってポイントを加算していくと、いずれはウィンブルドンみたいな世界最高レベルの大会にも出られるようになります」
「じゃあ、テニスで世界を目指している女の人が集まっているんですね」
「そういうことです。世界的に見れば下位の大会ですが、全国トップレベルの選手がそろっていますから、きっとみんなの参考になるはずです。私が今日、特に注目しているのは、
そういって、琴音先生はスマホでプロフィール写真を見せてくれた。
カメラに向かって微笑んでいるのは、まだあどけなさの残る三つ編みの少女だった。
写真の脇には、「AGE:14」と書かれている。
「14歳!? これって大人の大会なんですよね?」
「大半が成人女性ですが、特に年齢制限はありません。小古呂選手の場合は14歳でも、すでにプロ登録されていますし、実力的にも、この大会の優勝候補の1人ですよ」
「14歳っていうと、中2かな。僕たちと1つしか違いませんね。そんな子がもうプロになっているなんて……いったいどんな子なんだろう。琴音先生が注目しているぐらいだから、相当強いんですよね」
「もちろん実力はある子なんだけど、私は別の意味で注目しているの」
「え……?」
そのときだった。
僕たち5人のそばを、ゆっくりとした足取りで通り過ぎていく、1人の女子選手がいた。
身長は150センチちょっと。
長い黒髪を1つに束ねたポニーテール。
テニスウェアを身にまとい、大きなラケットバッグを担いでいるその少女は、今まさに戦いの場におもむこうとしているにもかかわらず、まるで
サンバイザーの下からのぞく、焦げ茶色の美しい瞳は、まるでこの世のすべてに興味がないかのように、うつろだった。
とぼとぼ……。
といった表現がぴったりの彼女の背中を見送っていると、琴音先生が僕たちにいった。
「あれが、小古呂奈江さんよ」
「「「「ええーっ!?」」」」
僕たちは一様にびっくりした。
そして、いいにくいことを新菜はそのまま、歯に衣を着せずに表現した。
「ぜんぜん強そうじゃない! っていうか、暗すぎでしょ!」
すると、琴音先生は小古呂選手の背中に少し目をやってから答えた。
「……。みんながそう思うのも無理ないわね。でも、彼女が日本テニス界のホープなのは事実。7歳──小学1年生で全国小学生テニス選手権に出場した彼女は、5~6年生の強豪選手たちをなぎ倒して優勝。そのまま前代未聞の6連覇を飾り、中学校に進学すると同時にプロフェッショナル登録した、まさに天才少女なのだから」
そういえば、テニスに興味のない僕でも、そんなすごい少女がいると、ニュースで見たような気がする。
「でも」と言葉をはさんだのは長内さんだった。「小古呂さんは中学に上がってから、あんまり試合に出なくなってしまったの。私たちの間では、バーンアウトしたって噂されてるの」
そういえば、長内さんも小学校時代からテニスをしているんだった。
テニス界の事情には僕よりずっと詳しいし、難しい言葉も知っているようだ。
「長内さん、その『バーンアウト』って何?」
「ああ、燃え尽き症候群のことなの。簡単にいうと、テニスに飽きちゃったってこと」
幼児期からテニスを続けているわけだから、さもあらん。
そんなふうに思っていると、琴音先生は異を唱えた。
「私はちょっと違うと思う。燃え尽きたのなら、そもそも試合にエントリーなんてしないと思うわ」
確かに、その通りだ。
「じゃあ、小古呂さんはどうして出場する試合数が減ってしまったのでしょうか。それに、さっきの暗い表情は……?」
僕がたずねると、琴音先生は神妙な顔でいった。
「彼女は思春期特有の『うつ病』だと思う」
♪∽♪∝♪——————♪∽♪∝♪
『テニスなんかにゃ興味ない!』を
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この物語は毎日更新していき、
第50話でいったん完結する予定です。
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