【第20話】セックスって何ですか?

誰かに聞けといわれても、なにしろテニスの試合会場なんて生まれて初めて来たから、勝手がわからない。

大会本部がどこにあるのかもわからないし、とりあえず、そのへんにいる選手に聞いてみるか。


きょろきょろと周りを見回してみる。

木かげのベンチに腰かけて、休憩している女子選手がいた。

小学5年生ぐらいだろうか。


僕が近づいても気がついていないらしく、宙を見つめたままだ。

何か考えごとをしているのだろうか。


「すみません」


そう声をかけると、ようやく少女は僕の存在に気がついて、座ったまま僕を見上げた。


大きな瞳と、少し太めのはっきりした眉が特徴的だ。

テニス選手にしては色白で、手足も筋肉質ではないので、スポーツ少女というよりも、むしろ文学少女といった印象だ。


「はい?」


「すみません、大人の試合はどこでやってるのか、知ってますか?」


「大人……? これはジュニアの大会だから、大人はいませんよ」


「あれっ!? おかしいな……。プロも出てる大会だって聞いたんだけど……」


「ああ、それなら午後の『一般の部』ですね」


「そういうことかあ」


「ちょっと早く来すぎましたね」


「そうみたい。ありがとう」


そういって別れを告げようとすると、「あっ……」と少女が立ち上がった。


「どうかした?」


「お兄さん、中学生ですか?」


「うん、まだ1年だけど」


「ちょっと耳を貸してもらえますか?」


「え……うん」


僕より少し背の低い彼女が話しやすいように、中腰になって耳を傾けると、少女はささやいた。


「セックスって知ってますか?」


「え……ええっ!?」


「セックス」


思わず、周囲を確認してしまった。

幸いなことに、近くには誰もいない。


「な……なんで、そんなことを?」


「このあいだ学校の友だちと、そういう話題になって……。知ったかぶりをして、いちおう話を合わせておいたけど、意味がわかんなくて。私、スマホ持ってないし、パソコンで検索しようとしても、エラーになっちゃうんです」


おそらく少女の親がパソコンに利用制限をかけているのだろう。


「そっか……。でも、僕もそんなに詳しいわけじゃないんだ」


「お兄さんの知ってることだけでいいです」


「どうして僕にそんなことを聞こうと思ったの?」


「うーん……。なんとなく、お兄さんならマジメに答えてくれそうな気がしたから」


「わかったよ。僕の知っている範囲でよければ」


「本当!? よかったあ」


微笑んで、少女はベンチの端に腰かけた。

どうやら横に座れということらしい。


僕は彼女の横に腰かけ、もう一度周囲を確認した。

そして、ささやくような小声で話した。


「セックスっていうのは──子どもをつくるための生殖活動なんだ。具体的にいえば、男の人の性器を、女の人の性器に挿入する」


「えっ!? 男の人の性器って、オチンチンのこと!?」


「う、うん。そう」


「オチンチンって、そんなに固いものなんですか?」


「えっと……。女の人の裸を見たり、エッチなことを考えたりすると、固くなるんだ」


「固くって……どのぐらい? 石みたい?」


「いや、そこまでは。人の指ぐらいの固さ……かな」


「なるほど! そういうことなんですか! でも、挿入するだけで子どもができるんですか?」


「いや、そのあと男の人が射精して、精子が女の人の卵子と結びついて、子どもができるらしい」


「射精……って、精子を出すことですよね。どうすると男の人は射精するんですか?」


「それが、僕もまだ経験がないから、よくわからないんだ。友だちから聞いた話では、かなり気持ちがいいらしいんだけど」


「お兄さんは、まだ射精したことないんですか?」


「うん、そうなんだ」


「オチンチンが固くなったことはあるんですか?」


「あ……うん。まあ」


「ふうん……。でも、固いオチンチンを挿入されて、女の人は痛くないんでしょうか」


「どうなんだろう……。そこまでは僕もわからないや」


「ですよね。でも……私の友だち、もうセックスの経験があるっていってたんです。ということは、子どもができちゃうってこと?」


「いや、コンドームっていうものを使うと、妊娠を避けることができるらしいよ」


「コンドーム?」


「オチンチンに被せる避妊具なんだ」


「なるほど、そうなんですか! いろいろ納得しました!」


そのとき、トイレから出てきた三太郎の姿が視界に入った。


「あ、友だちが来たから、僕、そろそろ行くよ」


「うん、ありがとう。やっぱりお兄さんに聞いてみてよかった。お兄さん、テニスやってるんでしょう?」


「まあ、一応」


「だったら、そのうちまた試合会場で会えますね。それまでテニス、やめないでくださいね!」


「えっ!? なんで!?」


「お兄さんとだったら私、セックスしてもいいかなって思って」


「え……えええっ!?」


「私、あおいっていいます。お兄さんは?」


「伊勢。伊勢カイト」


「カイトさんか。じゃあ、さよなら!」


「うん……じゃあ」


僕はそそくさとあおいちゃんと距離をおいた。


「三太郎!」


「お待たせ、カイト。そこにいたのか。今、誰かと話してなかったか?」


よかった。

三太郎には会話を聞かれていないみたいだ。


「ああ、うん。選手の子に、試合のスケジュールを聞いてたんだ。どうやら午前中はジュニアの試合しかないらしい」


「マジかよ! 小学生のパンツなんか見ても意味ねーぜ!」


「三太郎、そんなこと大声で叫んでると警察に捕まるよ。みんなが来る前に、そのへんで昼ごはんでも食べようか」


「そうだな……。いや、待てよ。最近の小学生は発育がいいから、案外捨てたもんでも……」


「三太郎、行くよ! 昼ごはん!」


「あー……はいはい」


♪∽♪∝♪——————♪∽♪∝♪


『テニスなんかにゃ興味ない!』を

お読みいただいてありがとうございます。


この物語は毎日更新していき、

第50話でいったん完結する予定です。


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