【第18話】大人のキスをしてくれますか?

僕が屋上まで駆け上がると、長内さんはすでにフェンスの外側にいた。

危ない!


「長内さん、こっちに戻ってきて!」


「イヤよ。私は伊勢君を愛してしまったの。この愛を失うぐらいなら、死んだほうがましなの!」


どうしたらいい?

とりあえず、ここは口先だけでも「付き合う」といっておくべきなのか。


「わかった。僕、長内さんと付き合うよ」


「……本当に?」


「ほ、本当だよ」


「じゃあ、証拠を見せて」


「証拠っていわれても……」


「伊勢君、こっちに来て、キスして」


「えっ!?」


長内さんはフェンスの向こう側だが、金網のすきまから唇を合わせることはできる。


しかたなく、僕は長内さんに近寄った。


すると、長内さんはフェンスに顔をくっつけて瞳を閉じた。


「さあ、早く」


「う……うん。軽く唇にふれるだけでいいよね?」


「そんなわけないでしょう。彼氏彼女の関係なんだから、もちろん大人のキスよ」


大人のキス──すなわちディープキスってこと!?

まだディープじゃないほうのキスですら経験がないのに、いきなり大人のキス!?


だが、ここでヘタに拒否しようものなら、長内さんは本当に飛び降りかねない状況だ。

やるしかないのか──!?


でも、キスぐらいで人命を救助できるのなら。


僕はフェンス越しに、自分の顔を長内さんの顔に近寄せた。

と、そのとき。


「ちょっと待った──────っ!!!!!!」


屋上全体に響き渡るぐらいに大きな叫び声で、僕はわれに返った。


振り向くと、そこには新菜。

その後ろには、琴音先生もいた。


「新菜!」


「ちょっとカイト! あんた何やってんのよ!? 屋上のフェンス越しにキスとか、どんな変態プレイよ!」


「いや、これにはいろいろ事情があって……」


などと取りつくろっていると、長内さんがつぶやいた。


「キスしてくれないの?」


そして──フェンスから手を離した。


「ちょっと待って! するよ! キスする! だからフェンスにつかまって!」


「もう、いいの。12年も生きてきたけど、人生なんて、楽しいことよりつらいことのほうが多いし、私ひとりが死んだところで、誰も困らないわ」


次の瞬間、屋上に響いたのは、美しくも力強い、琴音先生の澄んだ声だった。


「聞き捨てなりません!」


琴音先生は、長内さんと僕のいる場所まで、ゆっくりと歩み寄ってきた。


「先生、来ないで! 私、本当に死ぬつもりです。自分のタイミングで飛び降りたいから、近寄らないで!」」


すると、琴音先生はフェンスの3メートルほど手前で立ち止まった。


「わかりました。これ以上は近づきません。でも、話を聞いてください。成人男性は、1日に約3億個もの精子を精巣──つまりキンタマで作ります」


「キンタマ……!? って、先生、この状況で何の話ですか?」


長内さんのツッコミはもっともだ。


「聞いてください。その一方、女性は生まれたときから体の中に数百万個もの卵子のもと──原始卵胞げんしらんほうをもっています。そして、思春期になると1カ月に1個ずつ卵子を作るのです。そして、この卵子が精子と出会うことを受精といいます」


「そんなことぐらい知ってます! だから何だっていうんですか!?」


まずい。

長内さんの感情がこれ以上高ぶったら、本当に飛び降りかねない。


琴音先生は、いったい何がいいたいのだろうか。


「3億の精子と数百万の卵子。この2つが出会う確率はおよそ1000兆分の1。これが、どれほどの奇跡かわかりますか? 長内さん、あなたは1000兆分の1の確率で生まれてきた、この宇宙で唯一無二の存在なのです。あなたの命は、何ものにも替えられません」


「1000兆……分の1の存在? 私が?」


「そうです。長内さんだけじゃない。あなたのご両親もそう。カイトさんだって、新菜さんだって、みんなそうです。この世でただひとつの命なんです。簡単に死を選んではいけない!」


琴音先生が話し終わると、長内さんの瞳からは、ツーッと一筋の涙が流れた。


「だけど……私、本当に伊勢君を愛してしまったんです。彼と結ばれない人生なんて……」


「まだ、結ばれないと決まったわけじゃないでしょう。実際、彼はまだ迷っています。私たちと一緒に、誰がカイトさんの童貞を奪うか、ちゃんと勝負してみませんか? 死ぬかどうかは、それから決めればいいのでは?」


「先生たちと……勝負?」


「そうです」


「……。それ、面白そうですね。やってみます」


「そう、よかった」


琴音先生と長内さんは、フェンス越しに手を握り合った。

僕と新菜は、それを複雑な心境で見つめるのだった……。


♪∽♪∝♪——————♪∽♪∝♪


『テニスなんかにゃ興味ない!』を

お読みいただいてありがとうございます。


この物語は毎日更新していき、

第50話でいったん完結する予定です。


・フォロー

・応援、応援コメント

・レビュー

・★評価


これらをいただけると、

すごく励みになります!


どうぞよろしくお願いいたします。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る