【第16話】おまえはいったい何者ですか?
その日の放課後はテニス部の練習だった。
ラリー練習のとき、初めてキャプテンの東郷先輩と打ち合うことになったので、ちょっと緊張した。
さすがは全国大会常連校の実力ナンバーワン選手。
他の部員とは、あきらかに球質が違う。
打つボールすべてに、さまざまな種類の回転がかかっていて、簡単には返球できない。
とはいえ僕も、すでに何度か部活に参加しているので、最初よりはテニスというものがわかってきた。
タレンテッドといえど、初めてやるスポーツは、しばらく見よう見まねにならざるを得ない。
でも、いろいろな人の打ち方を見て、また自分でも試したりして、ようやくフォアハンド、バックハンド、ボレー、スマッシュなど、ひととおり自分流の打ち方を形成することができた。
東郷先輩が打つボールには、「おまえなら、このボールをどう返球する?」といった問いが込められている。
僕はその問いに応えるように、自分なりに工夫をした返球をする。
それにまた、東郷先輩が応える。
テニスは案外おもしろい。
僕がラリーを楽しんでいると、東郷先輩が突然ラリーをとめた。
「あれ? もう時間ですか?」
「いや……。伊勢、おまえ本当に初心者なのか?」
しまった!
つい夢中になって、わざとヘタに打つのを忘れていた。
「えっと……はい。入部当初は初心者でした。でも何度か部活に参加させていただいて、ちょっと上達してきた気がします」
「ちょっと上達? テニスを始めてたった数日の初心者が、俺と対等に打ち合ったっていうのか?」
「対等だなんて……とんでもない! 僕なんて、まだまだ先輩の足元にも……」
「周りを見ろ」
「えっ?」
テニスに夢中になっていて気がつかなかったが、ほとんどの部員がこちらを見ている。
男子部員だけでなく、女子部員も含めた大半が僕たちに視線を送っている。
「みんながおまえのプレーに釘づけだ」
「いや……。違いますよ。きっと東郷先輩のプレーに見入ってるんですよ」
「俺のテニスなんか、みんな見飽きてる。俺と対等に、ノーミスで打ち合う1年生に、みんな見とれていたんだ。伊勢カイト、おまえはいったい何者だ?」
「え……っと……」
もはやこれまで。
自分がタレンテッドであることを明かしてしまおうか。
だが、そうなると、僕はテニス部を去らなければならないだろう。
たいして練習しなくても、どんどん上達してしまう変人。
そんなやつが近くにいたら、きっとみんなやる気をなくしてしまうに違いないから……。
何もいわずに、今すぐここを去ろう。
僕が決心したとき、1人の少女が東郷先輩に話しかけた。
「あのう……差し出がましいようですが、手を見て判断してはどうでしょうか?」
声の主は、僕と同じ1年生部員だった。
1年生の中でも特に小柄で、見た目は小学校4~5年生といっても通用するぐらいの童顔だ。
名前は確か、
他のクラスということもあり、まだまともに会話をしたことがない。
「うん? 君は……」
東郷先輩もまだ彼女の名前を覚えていないようだ。
「1年の
「……なるほど。それもそうだな。伊勢、ちょっと右手を見せてみろ」
「はあ……」
意図がわからないまま僕が右手を差し出すと、東郷先輩は僕の手のひらの中指の付け根あたりから小指の付け根あたりを指でなでた。
「中指に血マメができてるな。できてから、まだ数日と経っていない。長年テニスをしている者なら、とっくにテニスダコができて固くなってるから、こんな血マメなんかできるはずがない。腕を見せてみろ」
「はあ……」
東郷先輩は、僕の右腕と左腕を並べ、見比べた。
「右腕と左腕の太さがまったく同じ……。テニス経験者では、あり得ないことだ。……っていうか、なんだ? この筋肉のかけらもない、なまっちろい腕は!」
「はあ、すみません……」
「スミマセンじゃないよ! こんな初心者まる出しのやつと、俺は必死にラリーしてたのか!? くそっ、俺もまだまだ修行が足りんな……」
これを聞いて、長内マリさんはニコッと微笑んで駆けていった。
ありがとう、長内さん。
*
練習が終わり、着替えて部室を出ると、新菜が待っていた。
「新菜! もう着替えたの!?」
「うん。めっちゃ急いだわよ。じゃないとカイト、さっさと1人で帰っちゃうでしょ。さ、一緒に帰りましょう」
「あ……うん」
そのとき、聞き覚えのある声に呼びとめられた。
「伊勢君!」
それは、さっき助け舟を出してくれた長内マリさんだった。
あまりにも童顔のせいで、制服を着ると、なんだか名門私立小学校のお嬢さまみたいだ。
「ああ、長内さん。さっきはありがとう。助かったよ」
「どういたしまして。それより聞きたいことがあるの」
「えっ、何?」
「浜尾さんと伊勢君は、付き合ってるの?」
♪∽♪∝♪——————♪∽♪∝♪
『テニスなんかにゃ興味ない!』を
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この物語は毎日更新していき、
第50話でいったん完結する予定です。
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