【第15話】結婚ってコスパが悪いんですか?

今日は部活があるから、そのあとに聞いてもよかったのだが、テニス部に入れなかった三太郎に部活が終わるまで待ってもらうのはかわいそうなので、僕たち3人は昼休みに体育館へ向かうことになった。


今日は放課後ではないので、職員室には他の先生もいるだろうと思っていたが、意外にもまた琴音先生だけだった。


「琴音先生、他の先生は?」


「あら、カイトさん。みんな食事をしに出かけてるわ。先生以外、みんな外食派なの。今日はどうしたの?」


「お昼どきにすみません。実はまた質問したいことがあって」


「大歓迎です。でも、そのうち他の先生たちが返ってくるし、お弁当も食べたいから、30分ぐらいしかないけど、いいですか?」


「はい、大丈夫です。もしかしたら保健体育とは離れてしまうかもしれないんですが……聞きたいのは、『結婚にはどんなメリットがあるのか』っていう話です」


「結婚……。それはまた、ずいぶん大きなテーマをもってきましたね。でも、性教育は将来、すてきな家庭を築くための基礎教育でもあるので、とてもいい質問です。いったい何があったんですか?」


僕は、今朝の議論の内容を琴音先生に話した。


「──なるほど。わかりました。新菜さんは結婚はするべき、三太郎さんは結婚はしないほうがいい、という考えなのですね」


「はい、もちろんです。私は絶対カイトと結婚します!」

「いやいや、今どき結婚なんて、コスパ悪すぎですよね、先生!」


「カイトさんはどう思いますか?」


「僕は……好きな人と一緒に暮らせたら楽しいだろうとは思うけど、ずっと一緒にいたらケンカもするだろうし、結婚して子どもができたりすると、お金がかかるし、自由に使える時間も少なくなりそうな気がして……結局、よくわかりません」


琴音先生は、僕の意見を聞いて、静かにふーっとため息をついた。


「みんな、人はなぜ、この世に生まれてきたと思いますか?」


いきなり先生の口から飛び出した哲学的な問いに、頭が真っ白になってしまった。

新菜と三太郎も同様らしく、答えに困っている。


人はなぜ生まれてきたのか。

人間の存在理由なんて、わかるわけがない。

あまり時間もないことだし、早々にギブアップしておこう。


「わかりません。先生、それと結婚の話と、どういう関係があるんでしょうか?」


「どちらも、人生について考える問題だからです。先生はこう思います。私たちはみんな、幸せになるために生まれてきたんだ、と」


「それはまあ……そうだと思います。でも、何を幸せと感じるかは、人によって違いませんか? もちろん結婚して幸せだと思う人もいるでしょうけど、独身であることに幸せを感じる人もいるんじゃ……」


「はい、カイトさんの疑問は当然です。その疑問はいったん脇に置いて、次の質問です。動物や植物──この世の生きものは、何を目的にして生きていると思いますか?」


「それは、もちろん子孫を残すことでしょう」


「そうです、カイトさん。人間も動物です。動物としての人間の生きる目的は、子孫を残すこと。このことに異論がある人はいないでしょう」


しかし、新菜は納得のいかない顔だ。


「でも先生、人間は動物と違って、本能だけでなく理性をもっています。『子孫を残す』っていう本能にしばられた生き方だけじゃなく、いろいろな生き方があってもいいんじゃないでしょうか?」


「とてもいい意見です。新菜さんがいうように、人間は理性で本能を抑えることができます。では、なぜ人間だけが理性をもっているのでしょうか。生物学では、こう考えられています。人間は他の動物よりも力が弱かった。だから、子孫を残すためには、大勢で集まって社会を形成する必要があった。大勢の人が集まってケンカをしないでうまくやっていくためには、本能を抑える『理性』が必要だった──と」


ここまで聞いたら、新菜には先生のいいたいことがわかったようだ。


「そっか……理性も結局、本能と同じで、子孫を残すために生まれたってことですね」


「そうです、新菜さん。つまり人間の最終目的は、やっぱり子孫を残すことなのです。子を生み育てることに最大の幸せを感じる。ここでカイトさん、さっきの話を思い出してください。人はなぜ、この世に生まれてきたんでしたっけ?」


「幸せになるため」


「そうです。人は幸せになるために生まれてきました。そして、人は子を生み育てることに最大の幸せを感じるようにできている。日本の法律では、子を生み育てるには結婚しなければなりませんから──」


「「「結婚しないと幸せになれない!?」」」


僕たち3人は声をそろえて驚いた。


「正解です。ただし、どんなに望んでも子どもが生まれない場合もあります。育てている途中で亡くなってしまう子どももいるでしょう。そもそも結婚相手が見つからない、という場合もあります。でも、私たち人間は社会を形成して生きる、特殊な動物です。たとえ自分の子どもでなくても、周りにいる子どもたちをわが子のように可愛がり、危険から守ってあげることで、同じような幸福を感じられるのではないかと思います」


三太郎も納得したようだ。


「なんか俺……結婚はコスパが悪いとかいってたけど、次元が低かったな。結婚っていうのは人生最大の幸せが手に入るチャンスなのに、お金の計算をするなんて……」


すると新菜がしたり顔でいった。


「しょうがないわよ。三太郎は脳が貨幣経済に毒されちゃってるから」


「なんだと!」


「2人ともストップ! ここ職員室だよ! 琴音先生、ありがとうございました。今はまだイメージできないけど、いつか結婚したいと思います」


「そう、よかった」


そういって、琴音先生はにっこりと笑みを浮かべた。


♪∽♪∝♪——————♪∽♪∝♪


『テニスなんかにゃ興味ない!』を

お読みいただいてありがとうございます。


この物語は毎日更新していき、

第50話でいったん完結する予定です。


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