【第9話】2人を同時に好きになってもいいですか?

いきなり新菜に告白されて、今日はずっと授業に集中できなかった。

終業のチャイムが鳴って、やっと我に返った感じだ。


「カイト、ラーメンでも食って帰らないか? 新規開店で、今日だけ一杯100円で食える店があるんだ」


「三太郎、僕……今日は部活に出ておくよ。まだ正式に退部届を出してないし」


「マジメ人間ギャートルズか! そんな手続き、どうでもいいだろ」


新菜にあんなふうに告白されて、部活に出ないわけにはいかない。

このまま何もいわずに帰ったら、さすがに鬼だろう。


「そう、僕はマジメなんだ。悪いけど、今日は部活に出るよ」


「ちぇっ。じゃあ帰るか。今日はとにかく腹が減っててなー」


   *


部活では、1年生はボール拾いをさせられる時間が大半なのだろうと覚悟していた。

ところが、今日はボール拾いよりも、むしろラケットを振っている時間のほうが長かったぐらいだった。


ときどき琴音先生がキャプテンに指示を出していたので、おそらく琴音先生のはからいなのだろう。

今どき、「1年生はボール拾いでもやっとけ」なんていうのは古すぎる。

そんな部活では、退部したくなる1年生が続出するに違いない。


他の1年生と同じように、適度にミスショットをしたり空振りをしたりして、けっこう楽しく過ごすことができた。

僕が手加減していることは、どうやら悟られていないようだった。


だが、もちろん僕がタレンテッドであることを知っている琴音先生の目だけはごまかせない。


「カイトさん、ちょっと来てください」


テニスコート脇の木陰に呼び出された。


「すみません、先生」


「なぜ謝るんですか?」


「えっ? 手加減するなって叱られるのかと」


「あなたが目立ちたくない気持ちはわかります。だから叱るつもりはありません。でも、どうせやるなら本気でやってみませんか? あなたならプロも……いいえ、世界のトップを目指せるかも」


テニスのプロ!?

世界のトップ!?

あまりにも突拍子もない話なので、僕は思わず苦笑してしまった。


「僕、テニスに限らず、スポーツ全般の面白さが、ぜんぜん理解できないんです。こんなやつがテニス部にいるだけで場違いでしょう。だから、部活は今日限りで辞めようと思ってるんです」


「それは残念ですね……。でも、カイトさんがテニス部に入ったのは浜尾新菜さんを助けるためでしたからね。例の問題が解決した今、テニス部にいる理由がなくなったということですね」


「はい」


「わかりました。キャプテンには私から話しておきます。今日は最後の部活を楽しんでください」


「ありがとうございます」


とりあえず、プロとか世界のトップとかいう話は、もちろん冗談だとして。


テニス部の顧問であれば、多少なりとも将来戦力になりそうな選手がいたら、退部させたくないのがふつうだと思う。

でも、琴音先生は僕の気持ちを尊重してくれた。


ということは、琴音先生が僕をテニス部に引きとめたいのは、テニス部のためではなく、おそらく純粋に僕のためを思ってのことなのだろう。


先生は、心から、僕のことを思ってくれて……いる……?


そのあとの部活は、気もそぞろだった。

テニスをしているときも、ボール拾いをしているときも、気づくと無意識に琴音先生の姿を目で追ってしまっていた。


部活が終わり、着替えるために部室へ向かう途中、新菜に呼びとめられた。

そして、ひとけのないところまで引っ張り込まれた。


「ちょっと、カイト。あんた部活の間、ずっと琴音先生のこと見てなかった?」


「えっ!? そんなことないよ!」


「ウソついてもダメ。私、部活中ずっとカイトのこと見てたんだから」


しまった。

琴音先生が気になって、新菜に告白されたことをカンペキに忘れていた。


「ごめん、新菜。僕──」


「いわないで!」新菜は僕の言葉をさえぎった。「今、私のこと振ろうとしたでしょ! 絶対ダメ! 私、カイトと付き合いたいの!」


なんというワガママ。

いや、これでこそ新菜だ。

どうやら失恋の傷はすっかり癒えたようだ。


「振ろうとなんかしてないよ。僕、新菜のこと好きだし」


「えっ……!? いきなり告白!?」


新菜は目をまんまるく見開いて、ほほを紅潮させた。


「だけど、琴音先生のことも好きになっちゃったみたいなんだ」


「え……えええっ……!? ちょっと、どういうこと!? 意味わかんない!」


「つまり、2人とも好きってこと。こんな気持ちのまま新菜とは付き合えないよ。新菜だって、自分の彼氏が他の人のことも好きだなんて、いやでしょ?」


「ぜっっっっっっっったい、イヤ! 死んでもイヤよ! カイトは私だけのものよ! 琴音先生のことは今すぐ忘れて! 記憶から消去して!」


「そんなこといわれても……」


「こうなったら、話し合うしかないわね」


「話し合う? 誰と誰が?」


「決まってるじゃない。3人で話し合うのよ!」


♪∽♪∝♪——————♪∽♪∝♪


『テニスなんかにゃ興味ない!』を

お読みいただいてありがとうございます。


この物語は毎日更新していき、

第50話でいったん完結する予定です。


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