【第5話】避妊の失敗率は何%ですか?
僕は学校の男子トイレで、イケメンの阿久津先輩に壁ドンされていた。
「おまえ、なんで俺のことを嗅ぎ回ってる?」
「いえ……。阿久野先輩のこと、カッコイイなって思って……」
我ながらウソがヘタすぎる。
「ウソをつけ。誰から何を聞いた? いってみろ!」
もちろん三太郎を売るわけにはいかない。
かといって、阿久野先輩に遊ばれたという女子のこともいえない。
「本当です……本当に、先輩がカッコイイと思って……」
「じゃあ、何か? おまえは男が好きなのか? ホモなのか?」
「え……」
「だったら今、ここでキンタマをつぶされても、特に問題ないってわけだ」
阿久野先輩が握りこぶしを作った。
キンタマを叩きつぶされるのは遠慮したいところだし、走って逃げたところで、あとで報復されるのは目に見えている。
「わかりました。話します。実は、ある女子が、先輩に体をもてあそばれたっていってました」
「それは誰だ?」
「それはいえません」
「フン……またか。俺のことが好きだっていうからセックスしてやったのに、あとから文句をいう女が多くてな」
「でも、その人、先輩に捨てられたっていってました」
「そりゃあ、恋愛は自由だからな。それとも一生、1人の女と付き合い続けなきゃいけないという法律でもあるのか?」
「それは……ないと思いますが」
「だったら問題ないだろう。しかも、俺はいつもコンドームを着けてる。なんの問題もないだろ! いえ! その女は誰だ? 誰が俺のことをチクった!?」
そのとき、ガチャリとトビラが開いた。
「あら、女子トイレと間違えちゃった」
琴音先生だった。
「──あら? 伊勢カイトさんと、2年生の──誰だったかしら?」
「阿久野だよ。なんで1年の名前を知ってて、レギュラーの俺を知らないんだよ!」
「ごめんなさい。まだ新任なもので。ところで、ここで何をしてたんですか?」
「も、もちろん小便だよ」
「男2人で、そんなにくっついて? っていうか、そこは便器じゃありませんよ」
「ちっ」
阿久野先輩は『琴音先生に話したらタダじゃおかないぞ』といわんばかりの厳しい視線を僕に送りながら、いまいましそうにトイレから出ていった。
「カイトさん、大丈夫ですか?」
突然、琴音先生に下の名前で呼ばれたので、ちょっとドキドキした。
「大丈夫です。あの……」
「どうかしましたか?」
僕は迷っていた。
阿久野先輩にまつわる黒いウワサのことを、この時点で先生に話していいものかどうか。
今のところ、たった1人の被害者の話と、いくつかの噂話ぐらいしか聞けていないし、阿久野先輩のいうとおり、恋愛は自由だ。
振られた腹いせに、2年生の女子がウソをついている可能性も十分にある。
証拠が不十分な状態で先生に相談したところで、さっきみたいに本人に否定されたらおわりだ。
今はまだ、そのときじゃない。
だけど1つだけ、阿久野先輩の話で引っかかっていることがあった。
「先生、コンドームって本当に安全なんですか?」
「どうしたんですか、いきなり?」
「ある知り合いから、コンドームを着けていればセックスをしても子どもができないって聞いたんです。そうなんですか?」
琴音先生は、質問の意図を探るかのように、じっと僕の目を見つめた。
そして、僕がふざけて聞いているわけではないことを悟ってくれたのか、いつものように冷静な口調で答えてくれた。
「結論からいいましょう。安全とはいい切れません。コンドームを装着していても、妊娠してしまう場合があります」
「どういう場合に妊娠するんですか?」
「コンドームが途中ではずれてしまったり、破れてしまったり、なんらかの理由で精子がコンドームからもれてしまったような場合です」
「そういうことは、よくあるんですか?」
「はい、よくあります。コンドームの避妊失敗率は約14%といわれています。健康な女性が1回のセックスで妊娠する確率は約30%ですから、単純計算で、コンドームをしていても約4%の確率で妊娠してしまうことになります。あくまでも確率の話ですが」
4%の確率で妊娠……。
中学生はまだ、子どもだ。
子どもが子どもを育てるなんて、無理だ。
万が一、妊娠してしまったら、その子は誰が育てるのだろう。
養育施設──いわゆる孤児院などに預けられてしまうのだろうか。
事態の深刻さを考えると、この4%という数値はけっして低い数字ではない。
「本当に、まったく安全じゃないですね」
「そうです。ところで、カイトさんはコンドームの実物を見たことは?」
「ないです」
「じゃあ、見せてあげましょう。ついでに装着方法も教えておきます」
「はあ。……えっ!? 装着方法……って、コンドームの着け方!?」
とまどう僕をよそに、琴音先生はすたすたと歩いていく。
僕はあせって先生を追いかけた。
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この物語は毎日更新していき、
第50話でいったん完結する予定です。
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