【第4話】ヤリチンって何ですか?

硬式テニス部への男子の入部希望者は、僕と三太郎も含めてちょうど70名にまでふくれ上がった。


だが、テニスコートが2面しかない都合上、入部できる1年生は男女それぞれ15名が限界だという。


結果、女子は新菜を含む入部希望者12名が全員入部できたものの、男子の希望者のうち55名が落選となった。


「おいカイト! なんで俺がハズレて、おまえだけ当たるんだよ!」


「知らないよ。抽選なんだから、単に運だけでしょ。僕だって、協力者の三太郎が入ってくれないと困るんだよ」


「頼むカイト! 俺と替わってくれ! 一生のお願いだ! 替わってくれたら、阿久野の悪事は俺が責任もって暴いてやるから!」


確かに、どちらか1人だけがテニス部に入れるなら、情報収集能力の高い三太郎が入部したほうが、成功率が高そうだ。


「わかったよ。琴音先生に頼んでみる」


   *


しかし、結果は……ダメだった。


「なんでだよ!」


「琴音先生に理由を聞かれて……何もいえなかった。だって、新菜の彼氏の悪事を暴くためには三太郎のほうが適任……なんていえるわけないよ。まだ証拠があるわけでもないのに」


「正直太郎か! そんなの、適当に理由をでっち上げろよ! 急にテニスができない病気になったとか!」


「どんな病気だよ。それに、『入部しなくてもいいですが、その場合は補欠当選している人がいるから、その人が入部することになります』ってクールにいわれたよ。それだと意味がないから、やっぱり僕が入部することにしたんだ」


「オーマイガーッ!」


   *


そんなわけで、僕はまったく興味のないテニス部に入ることになった。

ラケットは、三太郎のお母さんのお古を譲り受けた。


僕は今、生まれて初めてテニスコートという場所に立って、円陣を組んだ部員たちの中にいる。


ちなみに、横にあるサッカーグラウンドとテニスコートをへだてているネットフェンスに、まるでクモみたいにへばりついている男は、もちろん三太郎だ。


女子部員が着ているテニス用の短いスカートをじろじろと凝視しているのは誰の目にもあきらかなので、いつ不審者扱いされても不思議ではない。


しかし、どうしてテニス女子はあんなに短いスカートをはいているのだろう。

あんなのをはいていたら、三太郎じゃなくても気になってしまう。


さて、新年度初日の部活は、ジャージ姿で現れた顧問教師のあいさつで始まった。


「みなさん、こんにちは。テニス部顧問の涼咲琴音です。テニスは多少、腕に覚えがありますが、ここのところ運動不足なので、打ち合うときはお手やわらかにお願いします。ではキャプテン、お願いします」


琴音先生がテニス経験者というのは初耳だが、よく考えたら保健体育の教師なのだから、テニスの経験ぐらいあっても不思議ではない。


「男子部新キャプテンの東郷とうごうゆうだ。知ってのとおり、うちのテニス部は全国大会の常連校だ。よもや、なまはんかな覚悟で入部した者はいないと思うが、練習はきついので、そのつもりで。涼咲先生は、われわれ上級生の相手をするのは厳しいと思いますので、主に1年生の指導をお願いします」


全国大会の常連!?

練習がきつい!?

そんなの聞いてない!


筋肉の塊みたいな東郷キャプテンの体つきを見ただけで、練習内容の厳しさがわかる。

ここまで体育会系のノリだとは想像していなかった。

帰りたくなってきた……。


「女子部新キャプテンの菜園なぞの蝶子ちょうこです。女子部だって、今年こそは全国大会を狙います。男子部に負けないぐらいに厳しくいきますので、よろしくお願いします」


って、女子部もかなりの強豪っぽい!

阿久野先輩めあてで、おそらく軽い気持ちで入部したであろう新菜も、面食らった顔をしている。


「両キャプテン、ごあいさつをありがとうございました。とりあえず顧問として、1年生27名の力量をチェックしたいので、30分間だけコートを1面、使ってもいいですか? 最初に1年生の実力を把握しておいたほうが、キャプテンたちも練習を進めやすいでしょう? 案外、即戦力になる子がいるかもしれないし」


琴音先生がそういうと、男子の東郷キャプテンが少し口ごもった。


「え……。ふつう1年生はボール拾いからなんですが……。まあ、先生がそうおっしゃるなら」


「ありがとう。30分だけですから。それでは練習開始! 1年生は全員、4番コートに集合してください」


こうして僕たち1年生は、琴音先生の実力チェックを受けることになった。


チェックの方法は簡単。

琴音先生がラケットでボールを何球か出して、それを27人の1年生部員が順番に返球するだけ。

これだけでテニスの実力がわかるのだろうか。


結局この日、ボールを打たせてもらえたのは、その何球かだけ。

あとはずっとボール拾いをさせられていた。


仕上げに部員全員でサッカーグラウンドを10周して、練習終了。


結局、部活中に聞き込みなんかしている余裕はなかったが、阿久野先輩が新菜や他の女子に何か悪さをするような余裕もなかったので、その点は安心できた。


部活が終わると、男子は男子の部室、女子は女子の部室で着替える。

したがって、ここでも阿久野が悪さをするチャンスはなかった。


着替えながら、僕は思いきって、そばにいた先輩に小声で聞いてみた。


「すみません、あそこでコーヒーをがぶ飲みしてる先輩って、どんな人なんですか?」


「阿久野はいいやつだよ。何か聞いたのか? あんまり変なウワサを信じないほうがいいぜ」


「そうですか。わかりました」


次に聞いた先輩はこんな反応だった。


「阿久野か。まあ、一言でいえば、タバコとコーヒーが好きなヤリチンだな。なんでそんなことを聞く?」


「いえ……カッコイイ先輩だな、と思って。ところでヤリチンって何ですか?」


「アホか。自分でネットで調べろ」


   *


あまり何人にも聞いてしまうと怪しまれそうなので、もう1人ぐらいにしておくか。

そう思ったとき、阿久野先輩が近づいてきた。


「おい、俺のことを聞き回っている1年というのはおまえだな。ちょっと来い」


先輩は有無をいわさず、僕をトイレに連れこんだ。


♪∽♪∝♪——————♪∽♪∝♪


『テニスなんかにゃ興味ない!』を

お読みいただいてありがとうございます。


この物語は毎日更新していき、

第50話でいったん完結する予定です。


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