第175話 『虹色の記憶』

「メイちゃ――」

「ここに」

「なっ!?」


 呼んでから、と言うか若干食い気味で現れるメイちゃん。

 急に来るからゼアがびっくりしちゃってるじゃない。


「アレ、今持ってる?」

「もちろんです」

 そう言って取り出したのは、少しボロボロになってしまったお人形。


 メイちゃんと出会った時に直したお人形。お母さんとの大切な思い出の品。

 ところどころ修繕した痕が残っている。


「お母さんから貰った、そして坊ちゃまと出会うきっかけとなった人形です」

 そう言って愛おしそうに人形を撫でるメイちゃん。


 そう、この人形がなければ……メイちゃんが他の子にいじめられてなければ……。

 だからこそこのお人形には、我ながら恥ずかしい、けど特別な魔法を付与してある。


「実はね……そのお人形、とある魔法が付与してあるんだ。黙っててごめんね」

「いえ、何かしらの魔法が付与されているのは知っていましたから。辛いことがあったら魔力を込めろ、でしたね」

 5歳の時のことなのによく覚えてたね。


「当然です。そして……魔力を込めようとは欠片も思わない程、私は幸せです」

「メイちゃん……ありがとう。その気持ち、魔神にも分けてあげて欲しいんだ。今、奴を弱体化させるために――」

「存じてます。どうすればよろしいですか?」

 さすが身体強化の鬼、お耳がよろしいようで。説明の手間が省けた。


「……幸せなことを考えながら、魔力を込めてくれれば大丈夫」

「わかりました。この魔法の名前は何と?」

 魔法名、か……特に考えずに作ったんだよなぁ~。


「実はまだ……」

「では僭越ながら、私が」


 そしてメイちゃんが、今や30センチほどとなってしまった魔神の方を向く。

 集中するかのように目を閉じ、優しく温かい魔力を人形に注ぐ。


「『虹色の記憶』(プリズム・メモリー)」

 囁くように魔法を唱えた瞬間、暖かな光が周囲に広がっていく。


 周囲を幸せな気持ちにさせる魔法。当然俺やゼアにも影響が及ぶ。

 トージョーの『支配』と同じく精神系の魔法だが、込められた魔力と思いはそれとは比べものにならない。


「くっ! さ、さすがメイちゃん……!」

 俺も全力で抵抗しなければ飲まれてしまいそうだ!


「……こ、れは……姉さん? ビライト姉さんなのか……? そんな……姉さん! 姉さん!!!」

 ゼアの奴は……。


「俺……頑張ったんだよ……姉さんに誇れるように……うぅ……」

 ……堕ちたな。


 ゼアに何があったかまではわからないが……大切な方がいたのだろう。

 まるで幼い子どものように泣きじゃくっている。


 やはり……。


 無理して偉そうにしてたんだな!




「ぎゅるるん♪ ぎゅるるん♪」

 一方の、先程まで自ら死に向かっていた魔神も楽し気に飛び跳ねている。

 ぬいぐるみみたいでちょっとキモ可愛い。


「この子が……魔神さんですの……?」

「はわっ! 主様やめるのじゃあっ! みんなが見ておるぞ! うぅ~……は、恥ずかしいのじゃあ……」

 続けてエリーがリオに乗ってやって来た。


 リオのやつ、早速幸せそうな幻覚を見ていらっしゃるのだが……一体何を見てるのやら。

 エリーはさすがと言うべきか、精神への影響を全く感じさせない。


「ぎゅるるる~ん♪」

「まぁまぁ、そうですの。グロウサムンドちゃんと言うのですわね!」

 エリーがまた不思議ちゃんパワーで……じゃなくて、魔力の揺らぎとかで魔神と会話している。

 エリーのその才能も、ほかほかプリンちゃんの件でさらに磨きがかかったようだ。


「ウサムンちゃん……そうですのね……えぇ、そうですわね!」

 まるで幼い子どもと会話するように、慈愛の籠った声で話すエリー。しかし相変わらずネーミングセンスはないようだ。


「わかりましたわ! さぁアレク! 魔力を食べさせてあげてですの!」

「んえ?」

 生暖かい気持ちでその会話を眺めていたところ、急にそんなことを言われてしまった。


「どういうこと?」

「詳細は後程お話しますわ! 今はとにかく、ぴよちゃんやクーちゃん、リオちゃんにご飯をあげるのと同じ気持ちで魔力を食べさせてあげて欲しいんですの!」

 他ならぬエリーの頼みだし、魔力をあげるのは問題ない。

 しかし……リオもその枠かぁ~。


「うへっ、うへへぇ~……主様ぁ……しやわせなのじゃあ~……」

 当の本人はよだれを垂らしながらトリップしてらっしゃる。


「まぁいいけど。ほれ、ご飯だぞぉ~」

「ぎゅ? ぎゅるるる! ぎゅるるん!」

 驚いた様子で、しかしすぐに美味しそうに魔力を食べ出す魔神。いや、グロウサムンド。


「ぎゅるっ! ぎゅるるっ!」

 美味しい美味しいと言ってるような気がする。

 何か、こうしてみるとサイズも相まって本当に小動物にエサをあげてるように思えてきたぞ。


「ぎゅるるん♪ ぎゅるるん♪」

「はっはっは! 可愛い奴め! ほれほれ、たくさん食べるんだぞぉ~!」

 まるで久しぶりの食事にありつけたかのように、嬉しそうに食べる魔神。


「ウサムンちゃんは……大昔、こうやって誰かに魔力を食べさせて貰っていたようですわ。今のアレクと同じように、優しさや愛情を感じて……」

「……」

「だけど……いつしかその人がいなくなって、誰からも相手にされなくなって……悲しいですわ」

「……そっか」

 その結果、当たり構わず食べまくる魔神となった、てことか。


 魔神……いや、グロウサムンド。

 彼が昇神した理由も切っ掛けも詳しいことはわからない。


 わからないが……。


「……その能力が原因だとしても、ただただ討伐され、封印されるだけだなんて悲しいもんな」

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