第174話 灰色の記憶

「――おい! 終わったならこっちを手伝えっ!」


 魔神を押さえていたゼアから必死な叫びが聞こえて来た。

 いかに寝起きで雑魚に操られていたとは言え、魔神を押さえていられるとは……なかなかやるじゃないの。


「余裕そうじゃないか」

「そう見えるのなら貴様の目は節穴だ! もう魔力が尽きる!」

 大規模な竜巻を引き起こし、魔神を推すゼア。

 確かに、彼から感じる魔力は先ほどの1割にも満たない。


「……ここでお前が死ねば全て解決……?」

「おいっ! ふざけるなっ! 我はお前を信じて全力で時間稼ぎをしたんだぞっ!」

 えー? そんなこと言ったってぇ~!


「ぐぎゅるるるるぅ~……」

「な……なんだ……?」

 魔法の暴風で押され、少し離れたところにいた魔神。

 その魔神が四つん這いになり、何やら魔力を溜めている。


「ぐぎゃあああーーーっ!!!」

 悲鳴にも似た咆哮の後、魔神の口から黒いナニカが放たれ、俺とゼアがいる方に向かってくる!


「――なっ!?」

「まずっ!」


 迫る死の予感に慌てて飛んで避ける。しょうがないからついでにゼアも引っ掴んで。

 数瞬前に俺たちがいた場所には……魔神の口から出たナニカが通った先には、何も残っていなかった。


「ぐぎゅぅうう……」

「「……」」

 あまりの光景に言葉を失う俺とゼア。

 地平線の先、目に見える範囲には生き物はおろか草木1本も残っておらず、抉れた大地があるのみ。

 暴食というからには……これも食ったという事なのだろうが……。


「……お前、これを利用しようとしてたの?」

「……認めよう、悪手であったと」

 何を偉そうに! こんなん7日も持たずこの世界崩壊するわ!




「ぐるるるん……」

「だが奴も動けない様子だぞ!」

 どうやら食ったものの消化か技による反動か、座り込んで動かないでいる魔神。

 ふむ、今がチャンスのようだ。


「しかし……あの化け物をいったいどうやって倒せばいいのか……我の魔法を悉く食らわれてしまっていた」

「実はな、俺に考えがあるんだよ」


 知性を持たない暴食の化け物。

 だからなのか、俺の『不滅の鎖』もゼアの全力の魔法もこいつは食ってしまえるほど強力だ。


 何でも食べて己の力に変えてしまう魔神。

 しかし……逆に低レベルな『支配』も食らってしまったし、有害なものも食べて吸収してしまう。


 とすれば、とるべき手段は1つ。


「『灰色の記憶』(グレイメモリー)」

 とある記憶の集合体。それを魔法の力に乗せ、魔神へと近づける。


「ぐぎゅるる~?」

 まるで餌を貰うハムスターのように顔を近づけ、一口で飲み込んでしまう。


「今のは一体……?」

「……ただの記憶だよ。感情とも言うかもね」

「記憶? そんなものを食わせてどうするんだ?」

「俺の前世の世界ではさ、年に3万もの人がその絶望から自ら死を選ぶ国があってね」


 ミクチャに飛ばされた先、日本に戻った時。改めて思い知らされた。

 まるで臭い物に蓋をするように忘れたと思い込んで来た灰色の日々。

 かつて休む間もなく働かされ、いいように使われ、手柄は全て横取りされ……。


 だけど生きるためには頑張らなくっちゃいけない。

 そう思い込み、生きて来た前世。その記憶。


 不満や無力感、喪失感、自己否定感……死にたいという気持ち、そう言った負の感情を魔力で増幅し、食べさせてやった。


「ちょうどいい機会だし、これで過去とも決別ってね!」

「……我にはわからんな」

 そういうやつもいるし、そうでないやつもいるってことさ。


「……ぐぎゅ……ぎゅぅ……」

「見ろっ! 魔神が段々小さくなっていくぞ!」

「……」

 思った以上に効き目を発揮する『灰色の記憶』。

 知性がないからかなのか、自死の気持ちは予想以上に本能を刺激したのだろうか。


 まるでこの世界に溶けてしまいたいと言わんばかりに、魔神を構成する魔素がどんどん抜けていく。


「……これ、は……」

 ゼアが思わず、といった感じで呟く。




 そして魔神はみるみる小さくなり、10分と経たずににヒト種の子どもサイズと変わらないまでになってしまった。


「……さすがに、何というか……居た堪れなくなってきたのだが」

「そうだねぇ」


 そろそろ、かな。

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