第10章 約束の時
第160.5話 幕間 灰色の世界
「王よ、ご気分は如何ですか?」
肌は青色、瞳は縦長。纏いし気配は覇王のそれ。
魔族の王、ゼアビライト。
「……悪くない。」
「いよいよ、この時がやってまいりましたね」
傍に仕えるのは、幼き頃より共に育った同胞。
「やってやろうぜ! 現界のやつらを捻じ伏せてやる!」
「我らの悲願、必ずや!」
羨望した世界を、未来を掴み取らんと、並々ならぬ決意を瞳に滾らせる忠実な、そして親愛なる同胞。
そこには身分の差も二心も全く感じられない。
「(永き道のりであった)」
彼らを見まわし、そして王は、迫る進撃の刻を前に、過去へと思いを馳せる。
◆◇◆◇
「ゼアッ! ゼアったら、もー! 早く早くっ!」
「待ってよぉ^姉ちゃ~ん!」
そこには幼きゼア、そして世話を焼く魔族の少女がいた。
「もぅ……早くしないと、みんなお腹減らして死んじゃうでしょっ!」
「だってぇ~!」
2人は、自分たちと同じような身寄りのない子どもらのために食料を探し、その帰り道を急いでいるところであった。
「ふふっ、やっぱりゼアには早かったかなっ!」
「うぅっ! 頑張るもんっ!」
この日は少女、ビライトが見つけたという果物や木の実を採りに行っていた。
影界では、神に見捨てられた者たちが生活していた。
太陽の光が届かず、由来のわからないどんよりした光が覆う世界。強力な結界に守られた狭い町。外には怖ろしい魔物。
魔法など、おとぎ話の世界にしか存在せず、魔物に対抗する手段はない。
町の中で作られる限られた食料だけで食いつなぐ生活。
まるで、終わりのない絶望の中で、貧しく生きることだけを許されている、そんな世界だった。
そんななか、貧しい家族のために決死の覚悟で結界の外に出たビライト。
そして偶然にも、町からそう遠くないところに食料を見つけたのだった。
数はさほど多くないが、子ども数人が食べていくにはちょうどいい程度。
町の人には教えられない。なぜなら占領されてあっと今に子どもの分は無くなってしまうから。
ビライトにそう教えられたゼアは、他の子どもより年上だったこともあり、一緒に採取に付いて行った。
「やっぱり、私1人で……でも、あまり持って来れないし……」
「大丈夫! 僕もみんなのために頑張るんだ!」
仲間のため、家族のため、必死に頑張ってくれているビライト。ゼアはそのお手伝いができると思うと誇らしく感じていた。
「……うん! ありがとね!」
「……へへっ」
そして、淡い恋心も。
「さぁ! 今日の分をみんなに届けよう! 他の人には内緒だよっ!」
「うん!」
今日の採れた物を家族の元へ。そう言って駆け出す2人。
「……」
邪な視線には気が付かずに。
◆◇◆◇
「みんなぁ~! 持ってきたよ~!」
「「「わぁーい!」」」
「聞いてよ姉ちゃん! 今日町で大人にぶん殴られた! 何もしていないのに!」
「あたしも!」
「まぁ! 何てひどい!」
「姉ちゃん、俺お仕事で失敗ちゃったんだ……」
「そう……あなたは身体は大きいけど、まだまだ子どもだものね。よく頑張ったわね」
「お姉ちゃん! 後でまたご本読んでぇ!」
「魔法使いのお話ね! その本私も好きよ! あとで読んであげるね!」
家族の元に戻ると、みんな彼女に話しかける。
彼女と話していると自然と笑顔になる。
希望のない世界で、子どもたちにとって彼女は唯一の拠り所だった。
「ふふっ! みんな聞いて! 今日はゼアもお手伝いしてくれたのよ!」
「え……あ……」
突然の紹介に、嬉しくも固まってしまうゼア。
「そうなの!? ゼア君、ありがとね!」
「すっげー! もう姉ちゃんのお手伝いしてんのかよーっ!」
「僕も……僕はとろいからダメかなぁ……」
惜しみない感謝、そして羨望。
子ども故に純粋な、真っすぐな気持ちを受け、温かな気持ちになるゼア。
どうしてビライトがみんなのために頑張っているのか、少しだけわかった気がした。
「さぁ、少ないけどみんなで食べよー!」
「「「うん!」」」
薄く暗い世界で、だけれどここには間違いなく温かな光があった。
◆◇◆◇
「姉ちゃん、最近外に出過ぎじゃない?」
それからしばらく、ゼアは町の仕事をこなしながらビライトの手伝いもしていた。
相変わらず外では魔物が闊歩しており、追われることも数回あった。
「でもさ、みんなの笑顔、見たいじゃない!」
「そうだけどさ……」
そのために、目の前の少女が危険な目に遭うのは本末転倒ではないか、そう思うゼア。
「大丈夫だよ! あっちの方向には足の遅い魔物しかいないし!」
確かにその通りで、子どもの足でも逃げ切れるような魔物しか今まで遭遇していない。
「だけど――」
「ふふ、心配しないで! みんなを残して死ねないんだから!」
何を言ってもビライトはやめないだろう。それでこそ彼女であり、そこにみんな惹かれているのだから。
「どうして姉ちゃんは……そんなに頑張れるの?」
「えー……ふふ。知りたい?」
ある日、ゼアは何気なく彼女に聞いてみた。どうして彼女は、家族のために命を懸けてでも頑張れるのか……。
「私の名前、異世界の言葉でね……『光であれ』って意味なんだって!」
「光?」
「そう! ママがね……みんなの希望になれるようにって……この世界を照らす光になって欲しいって……ママは昔に死んじゃったけど、だからこそ! その思いを忘れないように!」
「……姉ちゃん」
光が差さない世界……みんな俯き、毎日自分が生きるのに必死。
そんな中で彼女は……。
「けど……今日は僕はいけないから、本当に気を付けてよ!」
「まっかせてよ! お仕事、頑張ってねっ!」
飛びっきりの笑顔に励ましの言葉。これだけで何でもできる気がする。
そう思いながら、ゼアは振り分けられた町での仕事に向かった。
「……」
これが彼女と笑って過ごせる最後の時だとは思わずに……。
◆◇◆◇
「姉ちゃんがいないっ!?」
「そうなんだよ~! ゼア、お姉ちゃん知らない?」
まさかっ! そんな訳ないっ!
そう思いながら、結界の外へと飛び出る。
「(姉ちゃんが魔物に襲われる訳ない! 何度も行ってるし足が遅い奴しかいないし! 大丈夫、大丈夫!)」
教えられた道を、ビライトと一緒に何度も歩いた道を、必死に駆ける。
「――っ! 邪魔だっ!」
「いてっ……」
途中、町の大人の男とすれ違う。
「(いてて……あいつ、なんでこんなところに……?)」
さらに湧き上がる不安。
「(何でだ、別に大人の人にバレたって果物が食べられなくなるだけっ! だから大丈夫、大丈――)」
そして――。
まさに今、魔物に捕食されている彼女を発見した。
「……ゼア?」
「姉ちゃん!? 姉ちゃん!!! うわぁぁぁぁぁーーーっ!」
植物型の魔物に殴り掛かるが、うっとおしいハエを払うように触手で一振り、ふき飛ばされてしまった。
「ゼア! ……逃げ、てっ! 大丈夫、だからっ!」
既に致命傷なのは明らか、それでもゼアを気遣ってみせるビライト。
彼女の横に、衣服が散乱しているのが見えた。魔物が脱がせたにしては様子のおかしいソレ。
どうして魔物なんかに捕まったのだろう。
どうして魔物なのに服を脱がせてから食べているのだろう。
どうして大人の男が先に逃げていたんだろう。
どうして……――っ!?
そして全てを理解したゼア。
「うがぁぁぁぁぁっ! ふざけっふざけんなぁっっ!!!
「……ゼア?」
「壊してっ壊しっ! こ、んな世界っ! ぜんぶっ!!!」
「キシャァァァァッ!」
遂には食事の邪魔たと振りむいた植物型の魔物。
「『アイス・ジャベリン』」
無意識に、しかし自然に。おとぎ話の世界にしかない『魔法』を用いて、魔物の頭部を破壊した。
「……え? それって……魔法?」
「姉ちゃん! 姉ちゃん!」
急ぎビライトの元に駆け寄るゼア。
既に内臓の一部は露出し、夥しい量の血液が辺りに広がっていた。
「……ふふ。ゼアは泣き虫だなぁ……」
「姉ちゃん! 俺がっ俺が魔法で治すからっ!」
「……もう大丈夫だよ。ゼア、魔法が使えるなんてすごいね!」
「『ヒール』! ……『ヒール』!」
「ゼア……今度はあなたがみんなの希望になるのよ……家族だけじゃなく、町のみんなの希望になれるわ……」
「うぅ……『ヒール』……出ない、出ないよぉ……」
「魔法を使って……みんなを笑顔に……」
「いやだっ! 僕は姉ちゃんがいなきゃっ! それにあの男のことは許さない!」
「『ゼアビライト』。ふふ、私の名前をあげる……異界の言葉で……一緒になる、運命だったのね……」
「姉さん! 姉さん!」
血を吐き、虚ろな目をするビライト。
「……ゼア、きっとみんな……この世界のせい。この世界が暗いから……あなたが光に……ずっと……一緒……」
「姉ちゃん……? 姉ちゃんっ! いやだっ! いやだぁーっ! うわぁぁぁぁぁーん!」
◆◇◆◇
懐かしい記憶。温かく、冷たい。忘れたくて、忘れられない。全てが詰まった過去であり原点。
町を掌握し、魔物を屠り、全てはこの時のため!
光さえ! 光さえあれば! 誰も不幸にはならなかったっ!!!
「ゼア様! 次元門が開きます!」
「行くぞ! 現界の者共を打ち滅ぼし! 我らに光を!!!」
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