第138話 慈愛

「やっはー! 飲んでるかいパーシィ! そしてオマケの2人!」


 王都巡礼の後始末を終えた頃、俺たちも町の人に交じってバカ騒ぎしていた。


「ようやく私がオマケだと認めたわね!」

「殿下っ! ひどいです! 今まで私がどんな思いで――っ!」

 シアーは飲んでないけど、デールはいい感じに酔っぱらってそうだ!


 しかし……そんな楽しいひと時に突然、何やら強大な魔力の出現を感じた。

 周囲の空気も緊張感を孕み、喧騒も静まり返っている。


「……殿下」

「あぁ……」


 まさかまさか……もう召喚しちゃったの!?

 ちょっと待ってよ大司教さん! これじゃあ俺の計画もパァじゃないの!


 というより……。


「この禍々しい空気……どう考えても『慈愛』では……」

「そのようだ。恐らく……ギルバートが何かしたんだろう」

 知らんけど。とりあえずギルのせいにしておこう。


「――っ! 兄さま! あれは!?」

 パーシィの指さす方を見ると、何やら巨大な黒い影が王宮に向かって飛んでいくのが見えた。


「――っ! デールは王宮へ! 親父を頼む」

「はっ!」

 普段は単純天然だけど、ここぞというときとっても頼りになる男!

 久しぶりの相棒感! いいね! いいよデール!


「――っ! 私も行きます!」

「パーシィ、シアー……みんな、無理だけはするなよ……」

 正直不安だけど……急げば大丈夫だろう。


 それよりも今は――。


「坊ちゃまはどちらへ!?」

「大司教たちがヤバそうだ! ……メイちゃんたちはこの辺を頼む!」


 何やら、いくつもの黒い影が明確な殺意を持ってこちらに迫ってくる。


「あれは……!?」

「わからん! だが間違いなく敵だ!」

 既にここに来るまでに何人か犠牲になっているようだ。


「アレク! 私――」

「アンジェ、きっと疲れて帰るから……よろしくね」

「――うん! どうか、無事で……」

 そう言ってアンジェを『転移』で家まで飛ばす。


「……生きててくれよ……!」


 ◆◇◆◇


 そして辿り着いて目にしたのは……。

 崩れた教会と、2匹の影とそれぞれ戦う2人の教会の戦士と……血を流しながら倒れ伏している、ヨミと大司教。


「……『ディバイン・レイ』」

 瞬時に影を消滅させる。


「ハァ……ハァ……あ、あなたは……?」

「敵ではない」

 苦戦していたのだろう、息を切らす教会の戦士。


「……ア、アレキサンダー、様……ヨミは……無事ですか……? 私を庇ってッ! グゥ……」

「大丈夫、息はあるよ」

「な、ならば……私の机に薬が……『月光の雫』から作った……魔族にも効く……」

 ふむ。月光の雫にそんな効果があるのか。


「だ、大司教様……2階は……御部屋はもう……」

「……そう、か……ヨミ……あぁ、神よ……ヨミだけは、どうか……」

 大司教本人も相当の深手だろうに……自分のことよりヨミかよ……。


「大司教よ、ヨミを助けたいか……?」

「……当たり、前です……そのためなら……どんなことでも」

 他人は犠牲にしないくせにね。

 まぁ、そう言う事なら話は早い。


「その言葉、忘れるでないぞ」

 そう言って、祭壇にあるィユニスの魔法陣へと向かう。


「いいか、これはお前が、お前らが今まで人々のために尽くしてきたことで得られる奇跡だ。そのことを……いや、何でもないや」

 愚問、だったな。


「な、何を……ぐぅ!?」

 魔法陣に魔力を込める……振りをして直接喚び出す。

 この魔法陣効率悪いし!




 そして辺りを包む光が晴れ、そこに女神が姿を現す。


「――っ、もー! 何であんたの召喚は強制なのよ! あたし今忙しいんだけどっ!」

「すまないな、ィユニス」

 見るからに慌ただしく動いてそうな、小柄な女性。

 気の強そうな瞳の奥にあるものは――。


「だから! あたしの名前はペイニガリィユニス! 今度こそ用事あるんでしょうね! 前みたいに――」

「頼む」

 そして、倒れている2人の魔族を見やる。


「――よく頑張りましたね。もう心配ないですよ。あたしが必ず治します」

「あなたは……『ペイニガリィユニス』様……?」

 一切の代価を求めず人々を救う姿は……まさに『慈愛』そのもの。正しく、神。


 彼女が手をかざし、2人が光に包まれるが――。


「これは……『光魔法』の恩恵は受けられないのね。でも大丈夫よ」

 再び手をかざし、魔力そのもので彼らを包む。


「……体が……っ! ヨミっ! ヨミはっ!?」

「……」

 2人同時に体を起こす。


「ヨミーっ! ヨミーっ!!! なぜ私なんかを庇ったんだ! 私はお前さえ……お前さえ無事ならばっ!!!」

「……」

「うぅ……大司教様……ヨミ様……」

「良かった! 本当に良かったぁー!」


 うんうん、良かった良かった! 護衛の2人もいい人そうで良かったよ!




「アレク、この子……心が……」

「あぁ……どうにかなりそうか?」

 ィユニスの表情を見るに、期待はできないな……。


「ごめんっ、あたしは肉体の回復に特化してて……ここまでの心の傷、あたしでは……本当にごめんっ」

 ィユニスが申し訳なさそうな顔で謝ってくる。


「――そう、そうですか。いえ、体を治して頂いて本当にありがとうございます!」

 ィユニスに賭けてここまで頑張って来ただろうに……一切の不満や悲しみを表に出さず、大司教が言い抜く。




「話は! 聞かせて貰いましたわー!」

 そこに、新たな女神が舞い降り――。


 ……え?

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