第137話 王都巡礼

「……坊ちゃま、大丈夫ですか?」

「だだだ大丈夫だい!」


 大丈夫でない。

 あれから3日、全く眠れていない。


 もしも俺が間違ってたら……そう思うとメイちゃんたちにも話せていない。


「アレクちゃま~、お姉さんは寂しいでちゅよ~……」

 今回アラアラには頼っていない。

 ここで甘えて誤魔化すのは違うと思うからだっ!


 ならばその不安を払拭するのに行動したらいいのでは?

 そう思うかもしれない、しかし……足が竦んで動けないのだ!


 もし本当は……喚び出すのがィユニスではなく何とかアロマだったりしたら……。

 そいつがとんでもない悪神だったりしたら……。


「アラアラアラアラよ、全て終わったら……おねがいらよぉ~! ふぇ~ん!」

 そう言って当てもなく家を飛び出ようとする俺。


「待って!」

 そんな俺をアンジェが呼び止めた。


「不安だったら一緒に乗り越える! それも妻の役目よ!」

「ふぇ……?」

「甘えたっていいじゃない! それで進めるなら! 何度だって支えるわ! だから……お話、して?」

 ……っ!


「あんじぇ、おねえちゃん?」

「おね――」

「はいは~い! お姉さんは私でちゅよ~、アレクちゃま~! よちよち♡」

 わぁーい!


「……どうして? 今のは私にくる流れじゃ……?」

 ポンッとメイちゃんに肩を叩かれるアンジェ。

 すまない、アンジェ。お前じゃ……姉力が足りないんだ。


「あのね、ぼくね、だいしきょうさんがね、嘘ついていないか心配でな……」

 おかしい、ここ数分の記憶がひどく曖昧だ。


「嘘、ですか?」

「あぁ、実は――」


 ◆◇◆◇


「いよいよ始まりましたね」


 そしてさらに数日後、遂にこの日がやって来た。

 今日から3日間、クイードァ領全域の、およそ13の地域からそれぞれ国民がやって来てギルバートに謁見する。


 あいつもずっと座りっぱなしだ。痔になるぞ?

 ……あいつのケツのことなどどうでもいいか。


 まぁ、そういう訳で様子を見に来た俺とメイちゃん、ついでにデール。

 絶賛植え込みの中で隠密中だ。


「坊ちゃま、最初の方々が見えましたよ」

 メイちゃんが示す先を見ると、ゲートから続々と人が現れるところだった。


 生まれて初めての転移におっかなビックリな子どもやおっさん。

 案外肝の据わってるおばさんやお姉さんは、華やかな王都にキョロキョロしている。


 実際の謁見に1時間ほど、残り1時間で王都散策ツアー、そして1時間の余裕を残して帰るのだそうだ。

 お土産もあるみたいだし、今回の王都巡礼はうまいこと釣れたようだ。

 無事に帰れるともわからないのになぁ! は~っはっは!


 ……帰れるよね? 帰るまでが巡礼だよね?


「殿下……お顔の色が急激に悪くなってきてますが……」

「だ、大丈夫……」

 ここ最近コロコロ変わるから……。

 アンジェ達に話して、幾分かスッキリはしたけど……それでも不安は不安。




 そして、いよいよ一行が問題の場所に辿り着く。


「ここ、ですか……正直何も感じませんね」

「あぁ。実に巧妙に隠しているが……魔法陣があるよ」


 さぁ……いよいよ……。

 罪もない人々が生贄となってしまうか、信じた俺が正しかったかがわかる時っ!


「みなのもの! 頭を垂れよ! 神子様が参られる!」


 そして宰相のその言葉と同時に、大司教が魔法陣を発動する!





「……?」

「(な、何だか疲れちゃったかねぇ……)」

「(お、俺も……ちょっと眩暈がしたような……)」

 ……。


「(? やっぱ気のせいかな……)」

「(そういえば昨日は旦那と久しぶりに……いやだ私ったら、神子様の前でっ)」

「(……年かな)」

 ……!



 ……よしっ! 良かった! 大丈夫だった!


 誰だ国民騙して生贄にするなんて言った奴! いっくらギルでもそんなことする訳ないだろ!

 そんなことしたらお国滅亡待ったなし! はーっはっはっは!


「良かったですね、坊ちゃま」

「うんうん! 俺はギルや大司教の事信じてたよぉ~!」

「結局、私は詳しいことを教えて貰っていないのですが……どういう事だったんですか?」


 うんうん、気になるだろう。

 実はデールを始め、パーシィたちにはこの辺のことは伝えていない。


 先日、2度目の大司教との邂逅。そこで聞いた彼の企み。

 もしかしたら……パーシィたちは反対するかも、いやもっと短絡的な方法をとるかもと思ったからだ。




「大司教がギルバートに近付いた理由、それはな……純粋にギルバートの支持を高めることだったんだよ」

「そうなのですか?」

「うむ。神子としての神秘性も利用して、適当なタイミングで今回のように国民を集め、魔法陣を起動することが彼の目的だった」

「魔法陣……てっきりドゴーグの時と同様に生贄を捧げるのかと思っていましたよ」

 まぁ……何だか怪しい感じしてたもんね。


「実はな、生贄ってのは半分あっている」

「えっ!?」

「彼らが感じた疲労感や眩暈、あれは……魔力を徴収されたからだ」


 あの日見つけた2つ目の魔法陣。

『我望む、我集める、秘められしマナを、贄を捧げ、生命力の――半分を徴収し、結晶とする』


「つまり、半分ほどの魔力を強制的に徴収、それを魔力塊、魔石に転じようってこと」

「な、なんと……そんなことが。しかし、強制的に、ですか……」

 やはり清廉潔白な男、デール君。


 ちなみに、魔石化の技術は教会の門外不出の秘匿事項だそうな。

 悪用されたらやばすぎるからねぇ。方法も、出来上がる物も。


「で、その魔石を利用して喚び出そうとしてるのは……『慈愛と医療を司る神ィユニス』。要は――」

「誰か治療したい者が? しかし、わざわざ神を召喚しなくても魔法で……」

「試したんだと。古今東西あらゆる方法、あらゆる薬を。しかしダメだった。ならば、縋るだろう? 神にでも何でも」

「……そ、それは……」

 大司教になってからも、様々な方法で回復を試みたそうだが……。

 そして最後の望みとして、神の召喚を望んだ。その神についても何年もかけて調べ上げたそうだ。


「俺があのおっさんを信じたのは……最初っから最後まで思いやりの心と罪悪感しか感じなかったからだ。生贄を捧げるならもっと簡単にとれる手段がある。それをしなかったのは……」

「……その方との約束、ですか?」

 メイちゃんが悲痛な面持ちで尋ねてくる。


「あぁ。彼女との約束、これを破るくらいなら……いや、かくして彼は死者を出さずに大量の魔素を含んだ魔石を手に入れることを企てたのさ!」

「そうですか……しかし、殿下ならこのようなことをしなくても――」

 ほら短絡的なこと言って来た!


「それは……大司教本人がやるからこそ、じゃない?」

 それと、俺には俺の考えがあるってね。


「……まぁ、そうですね。死者も出さず大司教の望みは叶う、民も参拝のついでに王都観光ができる。結果的に誰にとってもいい結果ですね!」

「うむ! よかったよほんと。ちなみに、ドゴーグを喚び出すのに必要だった生贄、およそ4万。これはあいつが求めたからじゃなく、召喚するのに必要な魔力換算らしいぞ。神を召喚するってのは、そのくらい大変だってことだ」


「そうですか……彼がここまでに至る道、お辛いこともあったでしょう……私は応援しますよ!」

 さすが清廉潔白と同時に、単純天然のデール君!




「……坊ちゃまはしょっちゅう喚び出してますよね?」

「……あ、あれは『次元門』だから……」

 召喚じゃないから……魔力消費量、同じくらいだけど……。




 ◆◇◆◇




「ふわぁぁぁ……暇だなぁ~……」


 結局この3日間、ずっと見守ったりアラアラやアンジェとデートしたりして過ごしたが、特に問題も起きなかった。


 エリーは久しぶりに実家に戻っているそうな。

 大丈夫かな、ちゃんと俺のとこに戻って来てくれるかなぁ……。




 そしていよいよ最後の参拝者たちが連れて来られる。

 その内訳は……宰相を始め、王宮勤めの側近達の様子。


「今更貴様らに言うのは恥ずかしいが……何だか神子と呼ばれてこそばゆい思いであるが、余はここまで来れたのは貴様らのおかげだ! 感謝しているぞ!」

「おぉ……ギルバート殿下! いやギルバート王!」

「どこまでもついて行きますぞ!」

「万歳! ギルバート王万歳!」

 いや親父死んだの?


 ともあれ、ギルバートは上手くやってるようだな。

 側近たちも感極まって泣いている。


「さぁ、この期間のために苦労をかけたな! 今日は各々ゆっくり休むがよい!」

「「「はっ!」」」




 無事に終わって良かった良かった!

 あれ……俺、ここで何してんだ……?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る