第132.5話 幕間 大司教バルツィヘルム②
――数日後。
「見つけたぞ! ヨミを……彼女を返せ!」
どうにか彼女の居場所を突き止めた魔族。
そこは当時小国だったクイードァ、そこで活動していたとある組織の拠点だった。
「これはこれは……丁度いいところに来ましたね」
現れたのは、魔法使いのような、研究者のような男だった。
「彼女はどこだ!?」
「彼女? あぁ、アレのことですか。あなたたち、交尾をする仲だったんですねぇ」
舐るような男の言い方に、うすら寒いものを感じる魔族。
「だから何だと言うのだ!」
「アレ、既に人間じゃないようでしたよ。半魔族化とでも言うのでしょうかねぇ。ですから……ふふ、ちょっと実験してみましたぁ!」
「……?」
まるで子どもがちょっと悪戯をしてみたかのように言う男。
「さぁ、見てください! 強力な肉体や魔力を持つ魔族! それを代償に召喚魔法を使い、そして召喚したものを……アレに降ろしてみましたっ!」
「――っ!?」
そして出てくる、彼女……だったもの。
姿形は変わりないが……明らかに別のモノが入っていた。
「キシャシャシャシャ! あ~、久しぶりの肉体がこんないい女だなんて……我もツイてるなぁっ! なぁっ!」
「――くっ!?」
迸る力の奔流。思わず身が竦む魔族。
「あん? 『彼に手を出すな』? ……いいぜ」
突然独り言を呟く彼女だったモノ。
「代わりに、他の奴をヤっちまうけどなぁっ!」
そして建物を破壊しながら外へと飛び出す彼女だったモノ。
「シャッシャッシャ! 死ね死ね死ねーっ!」
轟音が、破壊音が、人々の悲鳴が辺りを支配する。
「やめっ! やめろぉっ! 彼女の身体でなんてことを!」
彼女はそんなことを望まない。幼い子を守るために身を差し出す優しい女性だ。
もし彼女がこの惨劇を目にしたら……もし、自身の身体でそれを起こしていると知ったら……。
焦燥感が彼を支配する。
「シャッシャッ! うるせぇうるせぇうるせぇっ!」
「――っ! すまない、ヨミ!」
全く止まらない様子に、いよいよ力づくで止めに入る魔族。
「――つぅ!」
しかし、力の差は歴然としていた。
「邪魔するなよ雑魚が! 安心しろ、てめぇは殺さないどいてやるからよぉ!」
歯牙にもかけない様子で、簡単に弾き飛ばされる。
「やめろっ! やめてくれっ! 彼女は優しい人間なんだ! こんなことに巻き込まないでくれぇっ!」
「シャッシャッシャ! 安心しろぉっ! 巻き込むどころか、しっかり見てるぜぇっ! 意識はあるからなぁっ! むしろ当事者だぁっ!」
「――っ!? やめろっ! ガハッ!?」
どうにか止めようとする魔族、しかしどうやっても叶わない。
「……何だ、もう時間か。ま、ちょっとした気分転換になったかなっ! じゃあなっ!」
やがて、召喚に使われた代償の底が尽き、彼女が倒れこんだ。
「――ヨミッ! 大丈夫か! ヨミーっ!?」
幸いにも、半魔人化していた影響か、神に近い存在をその身に降ろしたにも拘らず肉体への影響は少ないようだった。
「けがは……けがはないようだな」
肉体、は。
「――っ、良かった、目を覚ましたか。すまないヨミ、怖い目に遭わせてしまったね」
「……」
心は……。
強大な存在を身に降ろした影響か、この惨劇を起こしてしまったことへの自責の念か、その両方か。
彼女の心は、粉々に壊れてしまっていた。
「……ヨミ?」
「……」
目を開き、じっと目の前の虚空を見つめる彼女に呼びかける魔族。
「……」
「……」
「……辛かったね。大丈夫、俺が……傍にいる。必ず元に戻すよ」
「……」
かつて、衝動のままに破壊の限りを尽くしていた魔族。
「もしも、この惨状を償いたいというなら、俺も手伝うから……大丈夫」
その彼に他者への思いやりを、温かさを、そして……誰かと生きるということを教えてくれた彼女。
「……共に、共に生きよう。愛してるよ、ヨミ……」
◆◇◆◇
「ふぅ……あれから長い時が経ちましたが……ようやく目処がつきました」
神を降ろした影響か、美しい姿のまま、年を取る様子のない彼女。
それを見ている、人間の数倍以上長い時を生きる魔族の男。
それでも、そんな彼の顔にも皴が目立ち、髪の毛が白くなってしまう程の長い年月が経っていた。
彼女の心が壊れてから、彼が選択したのは同じく聖職者の道。
彼女から学んだことを忘れないように。いつか目を覚ました彼女と、同じ道を歩めるように。
「当時の枢機卿にも、とてもお世話になりましたね。」
魔族が聖職者を志す。前代未聞のことに前途多難だったが、事情を知った当時の枢機卿が様々な便宜を図った。
その頃は、貴重で危険だと言われていた、変装の魔道具。それを彼に与えたのだ。
「……今の私を見たら、彼は怒るでしょうが」
魔族の、バルツィヘルムの企み。それは――。
「……」
「……起こしてしまいましたか。申し訳ありません」
バルツィヘルムの独り言に気付き、目を覚ますヨミ。
「ヨミ、もう一度……おやすみ」
――彼が本当に言いたかったことは。
「(もう少し……もう少しです……)」
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