第131話 開戦①

「伝令! 国境付近に布陣していたクイードァ兵たちが進軍を開始しました!」


 ウーノと密会した数週間後。

 ついにクイードァが動き出した。


「いよいよだな」

「作戦は……変わらない、ですね」

「あぁ」

 ジョーとボビーを始め、各部隊の司令官が作戦会議をする。


「作戦名、『逃げて逃げて、ヒルダが突っ込む作戦』だ」

 まんまだ。


「ヒルデ嬢には……負担をかけてしまいますが……」

「あいつは言っていたぞ。『血沸き肉躍る!』と」

 脳筋系女騎士、是非ともくっ殺な目に遭って欲しい。


「敵は久しぶりの戦いだ。戦争が初めての者も多いだろう。浮足立って追ってくるのは目に見えている。多分」

「そこで間延びした敵兵たちの横からヒルデ嬢が強襲、敵将を討ち取る。混乱した敵を我々が踵を返して追撃する、ですね。多分」


 重々しい空気の中、作戦を確認する面々。

 

「ま! なるようになるさ! ぶっちゃけ、俺も初陣だもの!」

「ですよねー! はっはっは!」


 そう、ここ十数年クイードァとの戦がなかったと言うことは、ジョーたちも戦の経験がなかったということ!

 歴史書や指南書から戦略を練ったまではいいが、こちらも浮足立っている!


「……怖いよぉ、ママぁ」

「大丈夫だ、オラは大丈夫だぁ……」

 あらら、兵たちも恐怖に飲まれてるわぁ……。


「おいっ! 見えたぞ! クイードァの連中だ!」


 国境から少し離れた場所、開けた草原に現れたのは人の波。


「ヒィッ! おっかぁ! おっかぁっ!」

「神様……仏様……」

 今回志願してくれた一般市民の方々、彼らは想像以上の敵の圧にパニックを起こしかけている。


 無理もない、人数差が大きすぎる。

 ざっと見たところ……こちらの何倍だ? 5倍くらいいるか?


「おぅ、おまえら! 怖かったら逃げていいぞ!」

「――へぇっ!?」

「い、いや……で、でもっ!」

 そんな彼らに、ジョーが声を掛ける。


「そもそもお前らみたいな民を守るために俺たちは戦うんだ。それなのに誰かを守りたいと、同じ思いを抱いて勇気出してここまで来てくれただけで俺たちも勇気を貰ってる」

「勇気……」

「そうだ……オラはおっかぁを守りたくって……!」

 志願兵たちの震えが止まる。


「オラ、逃げねぇ! ここで逃げたらおっかぁに顔向けできねぇ!」

「そうだ……俺も村を守るんだ! そして……あの子に告白するんだ!」

 ――っ! やめろ! それは死の宣告に等しい!


「……ふっ! おい! 絶対にこいつらを死なせるな! 死んでも守り切って見せろよっ!」

「「「おぅ!」」」


 兵の方々も、その目に使命感を滾らせ決意を新たにする。


 まぁ……ここで気張っても――。




「ひぃっ! 何だあの魔法!」

「こえーよー! にげっ! 逃げろっ!」

「ぎゃーっ! 助けておっかぁっ!」

 作戦的には、『逃げる』なんだよね。


 そういう意味では、志願兵の方々はナイス演技。

 ……演技だよね?


「退けっ! 退けーっ!」


 そして予定通り、退却していくリョーゼンの正規兵たち。

 こちらは滞りなく動けている。

 いくらか魔法が被弾しているが、リオの鱗やクネクネの糸も問題なく機能しているようで、こちら側はほぼ無傷だ。


「敵は尻尾巻いて逃げだしたぞー! 臆病者を討ち取れー!」

 同時に追撃せんとクイードァも急ぎ足で迫ってくる。


 いいぞ、ここまでは作戦通り!

 後は狭くなる道を逃げ、ヒルデが待機する場所まで敵兵を誘導していけばいい。



 さて、俺の方はというと――。


「へっへ、こういう山道は俺らの方が足が速いぜ!」

「リョーゼンへの道は俺らの方が詳しいからな! ここを突っ切れば――」

「やぁ!」

 こういう、セオリーを外してくる敵への対処。


「なっ! 何だおめぇ!? 何でこんなとこにいやがる!」

「実は冒険者ギルドの依頼でね。山賊退治に来ているとこ」

 嘘だけど。


「だったらどっか行きやがれ! 俺たちも冒険者でよぉ、国に雇われてるんだ!」

 ふむ、金に目が眩んだか。


 冒険者ギルドは政治不介入、決してこういった依頼を出すことはない。

 つまり、直接国に雇われている志願兵みたいなもんだろう。


 リョーゼンの志願兵とは全く違うな。


「そりゃ困る。標的が目の前にいるんだからさ」

「あっ!? 俺たちは山賊じゃ――」

「山賊みたいなもんだろう。他人とこの領土に勝手に侵入し、我がものにしようとしているんだから」

 山賊も兵隊も同じようなもんだよね!


「……いいぜ、俺たちランクB冒険者を舐めたこと、後悔させてやるよ!」

「『アイスガ』×4」

 今更ランクB如きででかい顔されても……。


 と言う訳で、サクッと氷像を完成させる。


「『転移』」

 喜べ、行き先は希望していたリョーゼンの冒険者ギルドだぞ!

 さすがに命を取るのも気が引けたので、後のことはギルドに任せようと思う。


 よくて降格、悪くて資格はく奪、最悪死刑だろうけど。




「さて……おっ! ヒルデがやったぞ!」

 野暮用を済ませて戻ってみると、ヒルデがおっさんの首を掲げて雄たけびを上げているところだった。

 こわっ!


 そして前方の方でも悲鳴が上がり始める。

 どうやら、こちらも問題ないようだ。


「うむ、アンジェとの約束も守れそうだ!」


 ◆◇◆◇


「おう、お疲れさ――ぐぇっ」

 ジョーたちが勝鬨を上げているところに戻り、声を掛けようとしたところ、ヒルデに首根っこを掴まれる。

 苦しいんだけどっ!


「ちょっ! ヒルデ!?」

「転移! 宿! 早くっ!」

 なになに!? 疲れたから寝たいってこと!?


「わわわ、わかったから! 『転移』!」

 そう言って、とりあえず俺たちのお家、アンジェの部屋へと飛ぶ。




「フーッ! フーッ!」

「ひっ!」

 こ、殺され――っ!?


「――っ!」

 るかと思いきや、服を脱がされ……あん♡


「ぐぅっ! うぁぁぁーっ! フーッ! フーッ!」

 熱くなる股間に反比例し、冷静になって来た頭で考える。


 そう言えば聞いたことがあるなー。戦いの後は気持ちが昂り、しばしばこういうことが発生するって。

 同時に、ここがどこだか思い出す。


「……」

 めちゃくちゃ呆然としていたアンジェと目が合う。


「『催眠』」

 すまねぇ、すまねぇアンジェ……。


「うぁぁっ! あぁっ! フゥー! イッ――」

 そして目の前の獣の目をしたヒルデと目が合う。

 こいつ……理性が飛んでやがる。アンジェにも気付かないくらい猛烈な勢いで……。




 ……うむ、たまにはよし!

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