第1277話 リオの鱗

「グゴォォ……ッ!」


 ご存知、ヘカトン先生である。


「ど、どうしてこうなるのですかっ!?」

 その目の前に、アンジェが立っている。


「ゆけっ! ヘカトンケイルよっ! 逞しきその腕で目の前の獲物を蹂躙せよっ!」

「グゴォォォオオオオンッ!」

「ひどいっ! 何で!? 何で私がこんな目に!? 意味わかんない! 意味わかんぷぎゃ!」


 泣きわめくアンジェの顔面をヘカトン先生が思いっきり殴りつける!

 憐れ! 美少女アンジェちゃんは間抜けな声を上げてしまう!


「痛っ……くない? あれ、私確かに殴られたと思ったんだけど……」

「ぐもぉ?」

 疑問に思うアンジェとヘカトン先生。


「ぐっもぉーっ!」

 再び、大きく振りかぶってアンジェに殴りかかる先生。


「ギャー……あれ、やっぱり痛くない……」

「ふはははは! 当然だ! アンジェが今身に着けているリオの鱗! それは俺が直々に『結界』や『金剛・極』が付与したからな!」

 ついでに各種状態異常もあるよ!

 もちろん、1枚じゃ足りないから3枚セットだけども!


「へ……?」

「これと同じものをリョーゼンの軍にくれてやる! さすればクイードァの雑兵など、恐るるに足らず!」


 ヘカトンケイルは、Sランク冒険者であるモーリーたちが束になってようやく倒せる強敵である。

 いかに大国であるクイードァと言えど、単純な強さでこいつより強い兵などそうはいない。多分。

 多分、騎士団長のチョーダがモーリーたちくらいだと思う。多分。


「ありがとう……とってもありがたいのよ……だけど」

「何だ?」

「私が殴られた意味は?」

「身を持って体験した方が安心するだろう?」

 百聞は一見に如かずって言うしね!


「……鬼畜」


 ◆◇◆◇


 数日後、アンジェで試した装備品、通称リオの鱗を十数セット用意してジョーのところに訪れる。

 事前にアンジェが話をしたところ、是非持ってきてくれとのことだった。


 リョーゼンに着き、案内された先、兵たちが訓練してる場でリオの鱗セットを渡す。


「おぉ、サンキューな! これが噂の、敵の攻撃をかなり軽減したり状態異常の体勢を上げてくれる鱗か!」

「あぁ。うちのペットになった奴のだから、大事にしてくれよな!」

 大量の鱗がいるって言ったら泣いて協力してくれてるからな!


「早速試してみてもいいか?」

「もちろん!」

 そう言ってジョー自ら鱗を身に着ける。


「じゃあ……そこのお前、思いっきり切り付けて見ろ」

「えっ!? そ、そんな総司令官に剣を向けるなど……!」

 そりゃそうだろう。


「いいからやれ。これは実際に戦場で身に着ける物なんだ、まずは俺が試すのが道理だろう」

 道理ではないと思うよ! でも自ら率先して試すところは好感が持てるよ!


「……くっ! わかり、ました! ――はぁっ!」

 遠慮がちにジョーを切り付ける兵士さん。


「――!? こ、これは……はぁっ! たぁっ!」

 1度目で全く傷つかなかったことから、2度3度と今度は本気で切りかかる。

 しかしジョーは痛がるそぶりも見せない。


「うむ! 素晴らしいじゃないか! アレクよ、追加を頼むぞ!」

「ジョ、ジョージ様……よろしいので?」


 性能に満足したようで、ジョーから改めて頼まれる……と思ったところ、上官っぽい兵士さんから疑問の声が上がった。


「あん? 何がだ?」

「その……そのような物を急に……これでは、今までの血の滲むような努力を否定されたような……」

 あん? 何言ってんだおめー。リオが文字通り血の滲む思いして提供してくれてんだぞ!


「否定はしてねぇだろ?」

「しっ! しかしっ! このようなものがあるのでしたら……兵たちの士気も……」

「ボビーよ、その士気を上げるのが俺たち上官の役目だろう?」

「そ、そうですが……」

 ふむ。彼、ボビー氏の言いたいこともわかる……わかるが、ここで断られたらアンジェに何て言えばいいんや!


「あのなぁ……いいか? 俺ら指揮官にとって一番重要なことは何だ?」

「……それはもちろん! 敵に打ち勝つことです!」

 そりゃそうだ。


「そりゃそうだ。だが違う」

「……」

「一番重要なことは、部下を死なせねぇことだ。例え勝っても、多くの兵を死なしちまったら、そっから残された者はどう生きてくんだよ?」

「そ、それは……」


 兵たち……中には一般市民、農民や商人を生業としている人々もいる。

 小国であるリョーゼンでは、所謂職業兵士の割合はかなり少なめ。


 つまり、戦場で兵が死んでしまえば、衣服や娯楽品はもちろん、食料などの生活必需品も手に入らなくなってしまう、という事だろう。


「逆に生きてさえいれば、どうとでもできる。だから、俺らは部下を、民を死なせないことが一番重要なのさ」

「……」

「そのためには何でも使え! 例え猫の手でも降って湧いた強力な武具でもな。聞けばS級の魔物ですら傷1つ付けられない代物だそうだぞ! 悔しく思うなら、これに恥じぬようより気張っていけ!」

「……はっ! 余計なことを申し上げました!」


「良い、励め」

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