第61話 君の名は……?

「ク、クイードァの王族……」


 先程、何も考えていない我がお嬢様が口を滑らせた後、仕方がないので全て話した。


「元ね、元。今は追放された身分だし、恨みはあれど、ここの内情を向こうにやるとかそんなつもり全然ないよ」

 ハンダートはクイードァ領ではあるが、その実俺の好き勝手にしてるし。辺境だから中央の目も届きにくいし。


「そ、そうですか……いえ、疑っている訳ではないのですが……」

「……今日は色々あって疲れただろう? 一度自室に戻って考えたら? 婚約の話も、考え直して貰って構わないし」

 むしろ考え直して欲しい。


「そう、ですね。そうさせてもらいます」

「ん。じゃあね」

 そう言って部屋を出ようとするお姫様。


「……アレク様、色々考えを整理はします。けれど、あなたの元に嫁ぐ。その決意は変わりません。あなたの妻の末席になること、軽い気持ちで承諾した訳ではありませんので!」

 改めて、出て行ったお姫様。


「……」

 どうしてこうなったのかわからないもの。


「……」

 主人の女ったらしっぷりを嘆くもの。


「……」

 何も考えていないもの。


「……」

 忘れ去られしもの。


 三者三葉の気持ちを、どうしていいのかわからず、ただ時だけが過ぎて――。


「失礼します。祝宴のご用意が整いました」

「? 何の?」

「? 姫様とのご婚約のでございます」

「……左様でございますか」


 今会うのは気まずいと思うの。


 ◆◇◆◇


「さぁ皆の者! この度は我が可愛い娘、アンジェの婚約を祝い盛大に盛り上がって参ろうではないかっ!」

 アンジェ? アンジェ! 娘に天使と名付けるとは。お父様に愛されてるのね。ぷふ。


「か、かわいい名前ね」

「……名前すら知らなかったの? 泣いてもいいかしら……」

 だって名乗ってなかったよね!? 聞いてもないけど。


「娘の婚約、正直複雑な心境ではあるものの、このアレク君なら必ずや幸せにしてくれると信じてる! みなのもの、温かく彼を受け入れてくれ!」

 いやいや、あんた娘をオマケとして寄越したじゃないか。とはさすがに言えないけども。


「アレキサンダーです。よろしくお願いします」

「まぁ、なかなかイケメンじゃないの! 私は国王の第2夫人、ベスでございます。第1夫人の代わりにご挨拶申し上げます」

「私は第1王子、クラットと申す。こちらは妻のトアリス。よろしく頼む」

「俺は第2王子のジョージだ。こっちは嫁のジェーン。よろしくな! あと、俺王位狙ってっから応援してくれよな!」


 ふむ。ジョージには色々言いたいことがあるが、とりあえず。


「俺の嫁、メイちゃん。そして俺の嫁、エリー。あと今度嫁になるアンジェ。よろしく!」


 ジョージと見つめ合い、ガシッと握手をする。


「はぁ……兄さんもアレク様も……配偶者の紹介は『妻』ですよ。それに私の紹介は別に……」

「愛してやまない者を『嫁』と紹介するのは常識だぜ、マイシスター」

 やれやれ、というジェスチャーを交えながらジョージが呆れたように返す。


「それよりも気になるワードが出てきましたが……」

「あぁ、王位狙ってるってやつかな」

 クラットがメイちゃんの疑問に答える。

 王位を巡っての争い、我々には身につまされる思いになります。まぁ、その心配はなさそうだけど。


「大丈夫。こいつが王位につくときは、他の王族が全員死んだときさ」

 うん、一目見てわかった。ジョージはチャランポランなやつだ! 絶対そうだ!


「おぅ! 兵士共をまとめるのにも一苦労なのに、国なんて纏めらんねぇわっ! かーっかっか!」

「まぁ、こんな奴だがやるときはやる男だ。いざというときは頼りにしてくれ」

「そんなことよりさぁ! この料理どう? 美味しい? 美味しいでしょ!?」

「え、あ、うん。美味しいけど……」

 遠慮なく言い合っている王子たちの会話をぶった切り、唐突に料理の感想を聞いてくるジェーンさん。


「でしょ! 私の実家の料理屋が作ってるの! 冒険者にも人気なのよ! よかったら行ってみてね!」

 おぅ……まさかのデリバリー。親戚の家に行ったら寿司を頼んでくれていた、そんなノリ。いや、料理人がいないのかしら。


「おいジェーン! アレクが色男だからって惚れるんじゃねぇぞ!」

「やっだ~! 私にとってはあなた以外の男はゴブリンも同然なんだからっ! 心配しないでぇ~」

 唐突なゴブリン扱い。くっそウケる。

 純朴な、裏表のないところが彼女の魅力なのだろう。ジョージもメロメロだ。つまりバカップル。


「ジェーンさん、私の夫もゴブリンってことかしら?」

 おぉ、第1王子夫人のトアリスさんが怒ってらっしゃる! こちらはとても貴族然としている。


「えぇ、残念ながら……」

「ふふ、相変わらず素直ですね。けれど、さすがに初対面のアレク様には失礼だと思いますよ」

「はっ!? アレクさん、ごめんね~!」

「俺は別にいいけど……」

 ? 思いの他穏便にすんだ! 完全にぶち切れ案件やろ!


「(ふふ、実は隣国との政略結婚でこちらに来てひどく悲しんでいたトアリスさんを一番励ましていたのがジェーンさんなんですよ。だからお2人はとっても仲がいいのです!)」

 アンジェが耳打ちでこっそり教えてくれた。そっかそっか~。


 ……うまくいっているようでうまくいっていない。うまくいってなさそうでうまくいっている。

 どこで間違えたのか、どうすればよかったのか……。もう、やり直せないのだろうか……。


「ほっほ。これからアレク君も我らの家族だ! もちろんメイさんやエリーさんも! さぁ、『酔うのは女だけにしとけっ亭』の料理に舌鼓を打とうじゃないか!」

 糞みてえな名前出てきた!


「ありがとうございます」

「ありがとうですわ! さ、クーちゃんも」

 あ、クネクネ忘れてた。


「「「蜘蛛っ!?」」」

 ですよねー。




「キュゥ……(人いっぱい、こわいよぉ~)」

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