第44話 月光の雫

「はてさて、どうすっかなー」


 ゴブリンダンジョンから撤退後数日。このまま前人未踏のダンジョンに挑戦するかどうか迷っていたところ。

 エリーとデートついでに冒険者ギルドで依頼書をボーっと眺めていると――。


「『月光の雫』! 何だか素敵ですわー!」

 そう言って受付に依頼書を持っていくエリー。これこれお待ちなさい。


「『月光の雫』採取依頼ですね。では冒険者証を拝見いたします」

「はいはいですわ――」

 エリーを遮って受付の人に声を掛ける。極力爽やかに。


「おっと、冒険者証を忘れてしまったようだ。素敵なお姉さん、冒険者証は依頼が終わったらでいいかな?」

「そ、そういう訳にはっ。で、でもぉ……」

 うむ、行けそうな気がする。


「美しいお姉さん、どうか僕のお願いを聞いてくれないかい?」

「しょ、しょんなこと言われてもぉ~……」

 ガシッとお姉さんの両手を握りながら優しく囁く。


「ふふ、可愛いお姉さん。そうだ、お礼に今度食事にでも誘わせておくれよ」

「ふぁ……は、はぃ~。あ、あの……せめてお名前だけでも……」

 ふはは、勝ったな! 久しぶりに自分がイケメンだったってことを思い出したぞ!


 そして手続きを完了する。


「ありがとう、お姉さん」

「あ、あのっ! 約束、忘れないでくださいね?」

 うむ、今度な。




 そしてどこかうっとりしているエリーを連れ出す。


「……はっ!? アレク、何なんですの! 私と言うものがありながら女性とお食事の約束だなんて!」

「……ここ、冒険者ランクA以上じゃないと依頼受けられないよ」

 俺らのランクは未だにD! 駆け出しレベルだ!


「あ、あーそういうことですの……私てっきり……ごめんなさいですの!」

「ふふ、いいんだよ」

 みなまで言わなくても理解してくれるあたり頭は悪くないんだけどなーと思いつつも、この流れの切っ掛けのことを考えるとやっぱりおバカだなーと思いました。


 ◆◇◆◇


「『月光の雫』、まだですのー?」

「まだ30分しか経ってませんよ、お嬢様」


 メイちゃんと合流して早速目的地に向かう。

 エリーは元の姿に戻ったクネクネの上に乗っているので疲れていないはずなのだが。乗り心地良さそうだし。


「むむむ、ですの~……」

「依頼書によると、月光山の頂にある木に生えるそうですよ。お嬢様の足で登れますかね~」

 月光の雫。数カ月に1度、月の魔力を貯めた実が成ると言われており、その実は純粋な魔素を多く含んでいる。とある薬を作るのに使うらしい。

 そして月光山。Bランクの魔物がうようよしている割に手に入るのがその実だけ。冒険者的にはあまりうま味がなく、ダンジョンに潜っている方がよほど儲かる。


「人気のない依頼みたいだし、ゆっくり行こうか」

「えー! 早く見たいですわー、『月光の雫』!」

 もうちっと過程を楽しみたまえよ。




 月光山の麓にたどり着く。幸いそこまで高い山ではないようで、今からでも日が暮れる前に昇りきれるだろう。帰りは転移だ。


「おんやぁ、珍しいだ。同じ日にこの山を登るんがおるったい。さっきはえろぅ別嬪さんが登って行きおったぞぉ」

 麓の村の婆が話しかけてきた。

 

「えろぉぃ別嬪さんとな! んだらば、先を急ぐっちゃ」

「んじゃのぉ~」


 ……。


「アレクと先程のお婆さんは何語で話してたんですの?」

「さぁ?」

 俺もわからん。


「坊ちゃまが邪なことを考えているのはわかりました」

 何故バレたんや! 高度な暗号化が施された言語だったはずなのに!


 気を取り直して山を登ろうとしたところでふと思い当たった。


「そいえば、クネクネ的にこういう山はどうなの? 野生の血が騒ぐとか……」

「キュッキュッ!(楽しそう!)」

「楽しそうと言ってますわ!」

「それじゃ、クネクネに先頭お願いしていい? 頂上目指しながら好きに進んでよ!」

「キューっ!(まかせてー!)」

 よし、道中をクネクネに任せよう作戦成功だ! 俺らは楽できる、クネクネも楽しい、win-winだ!


「アレク、おんぶ」

「……」

 ……そうなっちゃいます?


 ◆◇◆◇


「キシャー!(まてー!)」


 クネクネも楽しそうに、その巨体で器用に木々を避けながら敵を倒していく。

 さすが伝説級、ランクSS級モンスター。Bランクなど歯牙にもかけない。


 しかし、1つだけ困ったことがある。


「キュッ! キュッ!(みてみてー! たおしたよー!)」

 そう、猫のように倒した獲物を見せてくるのだ!

 中にはまぁまぁグロかったり虫だったり……ヒィッ! 内臓飛び出てるゥッ!


「いいこいいこですの~!」

 エリーさんは意外にもグロ耐性があるらしい。


「キュッ!(わぁーい! もっとがんばるぞ~!)」

「ふふ、クーちゃんは可愛いですの!」

「う、うん……そうね……」

 クーちゃんはね、可愛いんだけども。


「ふふ、安心してくださいですの! アレクも可愛いですわ!」

 歯切れの悪い返事に何を勘違いしたのかそんなことを宣うお嬢様だった。

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