第35話 追放、その後
逃亡から数時間後、とある町の宿屋に腰を落ち着かせた俺たち。
「アレク~、お腹減りましたわ~」
笑顔、確かに幸せいっぱいの、明るい笑顔。何も考えていなさそうな!
食うもんなんてある訳ないだろう! 今まで必死に逃げて来たんだぞ! さっきの俺の感動を返してくれ!
「どうぞ」
と思ったら、メイが我儘お嬢様に軽食を出してくれる。すごい! さすがメイさんスーパーメイド!
……。
「……あれ、俺の分は?」
「(ぷいっ)」
え、何その反応?
「メ、メイさんや?」
「(つーん)」
かわよ!
◆◇◆◇
「でさ、俺が王子だって名乗った時『ふえ~! かっこいい!』って言ったの! しかも鼻水垂らしながら!」
「くすくす、メイさんたら小さい頃からおかわいいんですのね!」
「……」
プルプル。
「その後に美味しいご飯が食べられることを知って『わぁーい!』なんつって、アホみたいに――」
やべ、エリーもしょっちゅう『わぁーい』とか言ってたわ。
「か、かわいい笑顔で走り回ってさ!」
「うふふ、メイさんにも子どもらしい時があったんですのね!」
よし、誤魔化せた!
「……」
プルプルプル。
「しかもさ、『かしこまりました』って言うように指導されたとき、『かしこまるました!』って言っちゃって! そのあと結局『わかったぁ』って言っちゃうし!」
「まぁ! 今のメイさんのお姿からは想像つかないですわ!」
プルプルプルプル!
「他にもさ――」
「坊ちゃまーーーっ!!! 私怒ってるんですけど!? わかりますよね、わかってましたよね!? それなのに何で私の恥ずかしい思い出話をしてるんですか!? いじわるが過ぎます! 私の事嫌いなんですね!? そうなんですね!?」
やっべーメイがこんなに怒ってるとこ初めて見た……調子に乗りすぎてしまった。
「や、怒ってる姿が可愛くって、つい……」
「は?」
「ご、ごめんなさい。嫌いじゃないです、大好きです……」
「は?」
「あ、愛してます……」
「……最もですか?」
「も、最もです」
「ちょっとアレク! さっきは私に『最愛の妻』って言ってたじゃないですの! どういうことですの!」
「……」
「まぁまぁ、エリー様。今は、私が最愛の女性、ということですよ。そんなこともわからないんですか?」
「……」
「ムッキー! ですの!」
怒ってる原因はわかったが……俺は一体どうすれば……。
◆◇◆◇
「……という訳なんだ。悪いけど、ハンダートはそっちに任せるよ」
「承知しました。それでは」
こっそり部屋の外に出てスマホでセイスに連絡を取り、今後のことを指示する。
こういう時、男は仕事に逃げてしまう生き物なのだと実感した。
しかし、頭のいいセイスとのやり取りはすぐに終わってしまう。1言えば10理解できる男ってのは彼のことを言うのだろう。
部屋の中ではまだまだ言い争いが繰り広げられている。
「もしもし、アラアラか?」
「アレクちゃま! お姉さん心配してたのよ~!」
「急にすまない。ちょっと声が聞きたくなってな」
「大丈夫~? おっぱい飲む~?」
「飲む」
こういう時、男は――。
ゴンッ!
その瞬間強い衝撃が頭に走り、俺は気を失ってしまったのであった。
「さすがにこの状況で他の女性に連絡するのは」
「ひど過ぎますわ!」
◆◇◆◇
「実は俺、転生者なんです! 前世の記憶があるんです!」
今後の動きの確認、の前に目的の確認、そのためにはってことで、ついにエリーにカミングアウトしてしまった!
決して怒られてるついでではない。
あの後すぐに目を覚まし、土下座しながら5時間ほど2人をいかに愛しているか粛々と語り、許しを貰えた。
そう、許して貰えるついでだ!
「ふーん、ですの」
「いや、ふーんって……」
反応が薄い。信じてないなこれ。
「メイさんに聞きましたわ!」
「ちょっ! メイさーん!?」
めちゃくちゃびっくりなんですけど!? 確かに、誰にも言うなとか言わなかった気がするけども!
「すみません。ですが、このお嬢様は何も考えてなさそうなので大丈夫かなと思いまして」
「ムッキー! ですわ!」
ひどすぎ! ってそんな訳ないか。きっとエリーなら受け入れると信じて話していたのだろう。今のは照れ隠しだよね? そうだよね?
「それと、似たようなお話はたまにあるそうですわよ? 絵本や伝記にもいくつかありますし」
え、そうなの? ならそこまで忌避感はない、のか?
「う、うむ。で、エリーさんや、その……感想は……?」
恐る恐る……もし受け入れられないとかだったりしないとは思うけど、さすがに心配。
「アレクはアレクですわ! 私のことが大好きなアレクですの! 他に何が問題ですの?」
「……あはは! そうだね、その通りだった! これからもよろしくね!」
この日、初めて彼女と向き合った気がした。
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