第23.5話 幕間 噂の真相を知る者―エリー―
「ねぇねぇ、聞いた?」
「エリーお嬢様の許嫁のアレク様って……」
「「無能なんですって!」」
近頃王宮のみならず、アルティス家の屋敷の中でも囁かれている噂。
すなわち、アレクの魔法適正はなし、総量も一般人並み。
侵略国家であるこの国の第1王子としてみたらそれでは足りないのだろう。
この国は古来より周辺国を武力を持って侵略し、発展してきた国だからだ。その国の次期王が一般人並みではとても頼りにならない、と言ったところか。
「愚かですわ……」
しかしこの噂に対し、エレーヌ=アルティスはありがたく感じている。
「エリー殿!」
今日も婚約者であるアレクの元へと向かっていると、第2王子であるギルバート=クイードァが話しかけてきた。
「お考え頂けましたか!? 私の第2夫人になることをっ!」
「? 何の話ですの?」
「はっはっは、またまた! あの無能を捨てて私の元に嫁いで貰えないかと以前もお話したじゃないですか!」
「あーそうでしたそうでした」
正直エリーの記憶にはなかったが、話を合わせた。さもなければまた会った時に同じ話をされるだろうと考えたからだ。
「公爵家の娘ともなれば、将来有望な男に嫁いだ方が幸せでしょう! その魅力もお持ちだ! 既に婚約者がいる手前、第1の座は難しいですが――」
「お断りしますわ」
「なっ!?」
「お話はそれだけ? それでは失礼しますわ」
にべもなく去っていく。そして数歩も歩けば忘れてしまうだろう。真の無能のことなど。
アレキサンダー=クイードァは無能ではない。それすらもわからないのだろうか。
一目見ればわかるではないか。あれは一種の化け物だと。一体どれほどの魔力を内包しているのが、それを隠す制御力が如何ほどのものか。
それにも関わらず、彼は人の不幸を嫌い、人のために動ける人間だ。
例の噂は、上辺の情報だけを信じ、彼の真実の姿を見ないものを篩にかける。つまり、余計な者に構わなくて済む。
故に、エレーヌ=アルティスは感謝していた。
「今日も頑張って、アレクに褒めて貰いますの~!」
「……エリー様、なんといじらしい」
幼少期からのお付きのメイド、サリュエルミ・ハミルトンを連れてアレクの元に訪れる。
しかし、本当にこれでいいのか。
その考えが時折、エリーの脳裏に浮かぶ。
「ん~……ですの?」
このモヤモヤの原因がわからないまま、毎日を過ごしていたが――。
◆◇◆◇
「あなた、それ……」
たまたまお忍びで訪れた冒険者ギルドの近くにある魔道具屋、そこの店員が身に着けていたペンダント、それに刻まれた名前。
「あ、あぁ……これは以前第1王子様に頂いたんですよ~」
「アレクから……羨ましいですわ……」
ドクッドクッと何かが胸を打つのを感じた。
「あら……ではあなた、『そういう方?』」
サリーが問いかける。
「……私もそうだと思ったんですけど! 全然あれから会いに来ない! しまいには不能だって噂まで! どういうことなのよ!?」
「……はぁ」
「? どういうことですの?」
「だ・か・ら! こうしてお手付きの印まで寄越したクセに! 全然ちっとも会いに来ないんですけど! 不能って言うし!」
「エリー様。地位あるお方が、市井の方にああやって自分の印の付いたものを渡すのは、所有物であることを知らしめること。つまり、『ちゅーさせろ、他の男は手を出すな』という意味です。サインそのものを書くなんてめったに、いえ初めて聞きましたけど……」
「ちゅー……ッ!?」
婚約者の不貞の話。本来なら悔しい、あってはならない話のはず。
「(何ですの……何ですの? この気持ちは……!?)」
しかし早まる胸の鼓動は、何を訴えているのか。
「コホンッ、失礼しました、お客様の前で大変失礼を――」
咳ばらいをし、落ち着きを取り戻そうとする店員。しかし――。
「ちなみに、この方はその第1王子様の婚約者であらせられる、エレーヌ様です」
「――ッ!? コヒュッ」
腹黒メイドによって、意識を刈り取られてしまうのであった。
「あらら。気絶してしまいましたね。エリー様、恐らくですけど、アレク様はこういった慣習をご存知なかったのではないかと。案外抜けている方ですし――お嬢様?」
「――っ!? な、何ですの!?」
どこかうっとりと、顔を赤くしながら慌てて平静を装う。
「? 大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫! ですの!」
「はぁ……ところで、どうします、この店員。打ち首にしますか?」
「い、いえそんな怖ろしい……それよりも、この方の話、もっと聞いてみたいですわ!」
「はぁ……それじゃ起こしますね」
そう言って店員の頬を何度か平手打ちにするサリー。
「――はっ!? っていたたたたっ! ごめんなさいごめんなさい! 許してください!」
「おやめなさいサリー。それより、あなたのお話が聞きたいのですわ。アレクとどのように過ごしたか……その、ちゅーの方も……」
「ヒィッ!?」
その後、実はたいしたことはなかったという話にどこかがっかりしながらも、時折話をする関係になったとか。
彼女が自身の抱える心の闇……すなわち、寝取られ好きという性癖を自覚するのは、そう遠くない。
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