第19.5話 幕間 あの日の出来事 ―大蜘蛛―

 ――これは先日、アレクと大蜘蛛が初めてあった日の事。

 



 ソレは突然訪れた。


 彼女は生まれた時から強者である。

 家族ですら怯えて距離を置き、時折やってくる挑戦者ですら、相対した瞬間に平伏し許しを請う。

 人間の間で広まりしその名は、アトラク・ナクア。とある伝承から付けられた怪物の名だ。


 しかし、彼女は争うことを望んでいなかった。

 故に彼女は安息を求め、ただ1人険しい山脈の暗い谷間に寝床を作っている。

 有り余る力に加え、不器用な彼女は、なかなか作業が進まず、しかしそれでも苦には感じていない。


「キュッキュッ!(糸をコネコネ楽しいな~)」

 糸を出しては千切ってしまい、さらに出しては千切ってしまう。

 長い時の中、ひたすら繰り返す作業。昔から変わらない日常。


 それを嘲笑うかのように、ソレは訪れた。




「……飽きた! さっさと糸を貰おう! とりあえず、お腹踏んでみよっか」

 突如、空から舞い降りて来た1人の人間。

 あろうことか、ソレが大蜘蛛のお腹を踏みつける!


「キシャー! (いたたたたたっ! 何するの!)」

 膨大な魔力を込めた糸をソレに向かって吐き出す。突然の攻撃にも関わらず、優しい彼女はまずは捕縛を目的とした。余波で周囲が更地になったが。


「お、この糸か……いいね、いい感じだ! もっと出してよ!」

 驚くことに、ソレはいともたやすく糸を掴んで亜空間にしまい込んだ。


「ほれほれ! もっと吐き出せー!」

 そして追加の糸を出させようと彼女の腹を踏みつける。


「キシャー! キシャー!(痛いよ~! うわ~ん!)」




 やがて――。


「ありがとう! なくなったらまた来るね!」

「キュッ……(もう来ないで~……)」




 これが伝説級の蜘蛛、アトラク・ナクアとクイードァ第1王子の最初の邂逅で会った。

 これ以後もたびたび現れては糸を無理矢理吐き出させられるうちになんやかんや仲良くなり、一緒にお昼寝する仲になろうとは夢にも思わなかったであろう。


「キシャー!(怖かったぁー!)」

 今はただ、突然の不幸を悲しむだけであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る