第6話 自転車事故
佐和子は、そんな、
「自転車走行可」
という歩道で、いつものように人を避けるようにして、家路を急いでいた。
その時、一人の女性が、少しフラフラしながら歩いていたのだ。体調でも悪いのか、歩きながら、時々、腰を下ろそうとする素振りを見せる。それでも、すぐに気を取り直して歩こうとするのだが、どうにもうまくいかず、また休むような素振りになる。
まわりにいる人は気づいていないというわけもないだろうに、無視して、早歩きをしている、
中には、わざと、彼女に近づいた時、露骨にスピードを上げて、その場を去っているというあからさまな行動をする人もいたりするくらいだった。
そんなものを見ていると、苛立ちとともに、
「私だったら助けてあげるだろうか?」
と考えるのだった。
そう思いながら近づいていくと、その女性の顔はやはり真っ青なようで、本当であれば、ベンチにでも座らせて、
「少し休憩していった方がいいですよ」
というべきなのだろう。
しかし、実際に近づくと、必死な形相が、
「休めばいい」
などという中途半端な同情は、却ってよくないような気がした。
なぜなら、必死で頑張っている人の、やる気をそぐかのような態度は、忍びないと思うからだった。
だからと言って、
「頑張れ」
というのも、何かが違う。
頑張っている人間に、
「頑張れ」
というのは、本末転倒であり、下手をすると、怒られるレベルではあないだろうか?
しかし、頑張っている人を応援したいという思いはウソではない。ただ、あからさまにみられるのは嫌だったのだ。
「だからなのかな?」
まわりの人が誰も関わらないのは、
「そういう相手の気持ちを思い図ってのことなのだろうか?」
とも考えたが、それはあまりにも違う気がした。
皆が皆、そういうわけではないと思うからで、もし、そうだったとすれば、世の中は、
「聖人君子の集まり」
ということになり、少なくとも、もう少し住みやすい世の中になることだろう。
ただ、世の中には、
「偽善者」
という人も一定数いて、そんな人も含まれているのではないかと思うのも、無理もないことだろう。
そんなことを考えていると、
「やっぱり、関わらないのが、世の中の暗黙の了解なのだろうか?」
とも思う。
ただ、この時の佐和子は、
「気づいてしまった」
のである。
気にしてしまったことで、後に引き下がれないと思った以上、声を掛けないと、後悔すると思ったのだ。
そう思って、彼女に近づこうとしたその時である。
自分の横をスーッと走り去る自転車があった。どうも、自分をよけようとでもしたのか、バランスを崩し、その勢いで、気分の悪そうにしているその女性に、一直線に突っ込んでいった。
すべてが、一瞬の出来事であった。
「ガッシャン」
という音がしたかと思うと、自転車がひっくり返り、載っていた男は、
「いたたた」
と言いながら、後頭部のあたりを抑えて、顔をしかめている。
どうして、佐和子が、自転車の男の方にだけ目が向いたのかというと、その男が大げさに叫ぶような感じでひっくり返ったからで、彼女の方はというと、今度はまったく何も反応がなかったのである。
一瞬の迷いの中で、よく考えてみると、反応がない方が怖いではないか。
その女性は、その場に倒れていた。しかも、まったく声を上げることもなく、うつ伏せに倒れている。
「微動だにしない」
とは、まさにこのことではないだろうか?
それを見ると、
「男の方は、ケガをしているかも知れないが、自分で何とかするだろう」
ということで、急いで女性の方に駆け寄った。
「大丈夫ですか?」
といって声を掛けるが、どうやら、意識を失っているようだ。
佐和子は男に対して、
「あなた何してるの、急いで救急車呼んで」
といって叫ぶと、一瞬、虚を突かれたかのようにぼっとしていたが、我に返って、救急車を呼んだ。
そこまではよかったのだが、男が自転車を起こして、その場を立ち去ろうとした。
さすがにこれには、佐和子も怒りを感じ、
「あなた何してるの。警察に電話しなさい」
というと、男は、
「警察? 何で俺が?」
というではないか。
「あなた、何言ってるの、あなたは、ケガをさせた加害者なのよ。本当はすべてをあなたがしなきゃいけないのに、私に丸投げって、どういうことなの?」
といっても、まだ状況が分かっていないのか、警察に電話しようとしない。
「私が電話するわよ」
といって110番したのだ。
男は、横で聞いていた。
「はい、事故です。加害者もここにいます……。はい、自転車と歩行者です。救急車は手配しました。急いできてください」
といって電話を切った。
「俺はどうなるんだ?」
と聞くので、正直、開いた口が塞がらなかったが、
「何いってるの、あなたは加害者、この人を助ける義務があるの、このまま放って逃げたら、あなたは、ひき逃げになるのよ」
というと、
「自転車だけど」
とまたしても、ふざけたことをいう。
「あのね、自転車だからって、道路交通法で決まってるの、いい? 自転車だからって許されるわけではない。飲酒運転して人をケガさせれば、それは傷害事件になるのよ」
というと、ビックリしていた。
「ひき逃げ……」
と、ひき逃げという言葉に反応したようだった。
「ええ、そう、ひき逃げ。これが自動車だったら、障害と、被害者を放っておくことで、救護義務違反になるし、警察に通報しないことで、報告義務違反ということになるのよ。それぞれに罪が重いだろうから、執行猶予なしの懲役くらいは覚悟しないとね」
というと、
「俺、自転車なんだけど」
というので、
「自転車だからって関係ないわよ。飲酒運転にも引っかかるし、障害でも、救護義務でも、報告義務でも同じなのよ。だから、自転車で引いて、打ちどころが悪かったりすると、その人は殺人罪ということにだってなりかねない。もちろん、相当悪質な場合でしょうけどね」
というと、男は、急に顔色が変わり、ビビっていた。
「自転車か自動車かは関係ないの、それによって、相手がどうなるかで決まると思っておいた方がいいかも知れないわね」
と言い捨てた。
そして、彼女は続けた。
「いい? 警察に通報しなければいけない理由の一つに、あなたを助けるためでもあるのよ」
というと、
「どういうことですか?」
と聞くので、
「いい? 警察にちゃんと事故報告をしないと、保険というのは下りないのよ。だから、車を運転する人は、人身事故を起こせば、まずは、救急車、そしてその次に、警察。そして、最後に保険会社なのよ。保険に入っていると被害者との間で本人の代理として話をしてくれる。それが保険会社なの。保険のプロだから、話もしっかりしてくれる。今のあなたのような状態で、被害者側と話をすると、間違いなく、やり込められて、治療費など、いろいろ吹っかけられるでしょうね? 一歩間違えれば、刑事罰とは別に、多額の損害賠償を突き付けられて、人生は終わってしまう。そうなりたいの?」
というと、さらに顔色が蒼白になり、べそをかいているように見えるのだった。
「じゃあ、どうすればいい?
と聞くので、
「そんなこと、自分で考えなさい」
と突っぱねてやろうかと思ったが、さすがに忍びなく、
「警察や病院、保険会社と、それぞれに連絡を取って、後はプロの人たちに任せるしかないでしょう? やってしまったことは時間を戻せるわけではないので、消えることはない。だから、今のあなたは、俎板の上の恋なのよ」
と言ってやったのだ。
そうこうしているうちに、救急車がやってきた。
「この方の知り合いですか?」
と言われたが、
「いいえ、たまたま通りかかった者なんですが、私も載っていった方がいいですか?」
と聞くと、救急車の人は、
「そうしてくれるとありがたいです」
というので、一緒に載っていくことにした。
加害者アを残していくのは忍びなかったが、
「警察が来るまで、おとなしくしていなさいね。あなたは、警察に通報された以上。ここにいないと、あなたは、逃亡者になってしまいますからね。観念して、その場所にいてくださいね」
といってやると、男は、黙ってその場に恐縮していたのだ。
救急車とともに、病院に行くと、意識不明の彼女はそのまま目を覚ますことはなく、病院では、
「これから、緊急手術となります」
というではないか?
それを聞いた佐和子は、
「とんでもないことになったわ」
と感じた。
自分が、そんな場面に出くわすとは思ってもみなかったので、、
「これも運命なのかしら?」
と、どうしても他人事でしかなかった。
実際に、他人事ではあった。
被害者も加害者も、自分の知るところではなかったからだ。
「そういえば、さっきの男はどうなったんだろうな?」
と思って、手術ということでしょうがないので、少しその場で待っていると、病院についてから1時間が経ったか経たないかというところで警察の人が駆けつけてきた。
あまりにも慌ただしく時間が過ぎたので、一時間弱ではあったが、感覚的には、十分も経っていないという意識だったのだ。
「すみません。先ほど事故で運ばれた女性がいると思うんですが?」
と、コートを着ている私服の男性と、制服警官が受付で手帳を提示し、話を聴いていた。
そして、受付の人が、こちらを指さしたかと思うと、こちらにやってきて、敬礼をしたかと思うと、
「目撃者の方ですか?」
というので。
「はい、そうです」
とこたえると、刑事は、
「早速ですが」
ということで手帳を出して、こちらに提示した。
「まず、あなたのことをお伺いでしますか?」
と言われたので、
「私は沢村佐和子という者ですけど、今ちょうど仕事が終わって帰宅しようと考えていて、いつもの通勤路である、この道を、駅に向かって歩いていたんですよ」
といって、会社の大体の場所と会社名を話した。
警察はメモを取りながら、
「うんうん、それで?」
と聞きなおしてきたので、佐和子は続けた。
「この時間って、結構人通りも多いし、こんなに大きな駅前通りなので、歩道の、往来も多いんですよ。一方向に向かって、横に並列して歩くなんて、ざらですよね? しかも、あの加害者のように、歩道を縦横無尽に走り回っている人って、多いじゃないですか。いつも危ないって思っているんですよ。いずれはこんな事故が起きなければいいなって思ていたんですが、結果として事故が起きてしまった。あの加害者は、自分がどういう立場なのかってことが分かっていなかったらしくて、ここに運び込まれた被害者の女性をひっクリ返しておきながら、その場から立ち去ろうとしたんですよ。だから、私がそれを制して、まずは、救急車を呼んで、警察に電話をさせたんですよ」
というと、刑事が一瞬言葉をさえぎって。
「その男は、素直にそれには従ったんですか?」
と聞くので、
「ええ、素直に従いました。とにかく、自分で事故を起こしておきながら、自分の立場が分かっていないというか、どうしていいのか分からずにパニくっているんです。普通であれば、いくらパニックになっているといっても、そこまで何もできないというのもおかしいじゃないですか。しかもその場所から逃げ出そうとしているのだから、救いようがないと思うでしょう?」
というと、刑事は頷いていた。
さらに、佐和子は続けた。
「どうやら、彼は配達員のようで、頭の中には、配達のことしか頭になくて、まさかとは思うけど、配達さえできれば、自分が許されるかのように思っていたのではないかと思うほどなんですよ」
と、佐和子がいうと、刑事はまた、
「うんうん」
と大きく頷いていた。
「まさか、私はそんなことはないだろうと思って話をしているんですが、まさか、本当にそういうことなわけはないですよね?」
と、佐和子は、逆に刑事に聞いたのだ。
すると刑事は少し、苦み走ったような顔になって、
「ああ、いや、そんな感じが漂っていましたね。こっちが事情を聴いているのに、何か上の空だったので、こっちが、少し諫めたんですよ。すると、小さな声で、配達しないということをいったんですよ。私も呆れてしまって、何も言えなくなったんですが、最近の若者って、そういう人が多いんでしょうか? 目の前の一点しか見ていなくて、自分の今の立場を分かっているのか、何か逃げているようにしか思えなくて、苛立ちしか感じなかったですね」
と刑事は、やるせなさそうな表情になったのだ。
「そんな人間、本当に最近増えたと聞いたことがありますが、どうなんですかね?」
と佐和子がいうと、
「実際にそのようですよ。私も刑事をやっていて。こんなやるせなくて、信じられないような気分になることは、昔なら考えられないことだったといってもいいくらいでしたえ」
と、刑事はいった。
「それで私も苛立ってしまったんですよ。まず、救急車の手配も私がいったから電話を掛けたわけで、警察に連絡をしないといけないということを分かっていませんでしたからね。何をすればいいか、私に聞く始末ですよ。だから私は、警察に連絡しろと言ったんですよ。そうしないと生き逃げになるってですね」
というと、
「なるほど、その通りです」
と刑事はいった。
「ひき逃げの罪として、過失傷害、あるいは致死、そして、救護責任義務違反と、さらに、
警察などへの事故報告義務違反だって言ってやったんですよ。ひき逃げの場合は、相当罪が重くなるので、最初から通報している方がいいとですね。すると、あの男は、慌てて警察に通報したみたいですね」
と佐和子はいった。
「そうですね。我々が質もしても、確かに要領を得ないようなところがありましたからね。事故で気が動転しているというのであれば、分からなくもないんですが、それだけではない感じがしていました」
と刑事さんはいうのだった。
「そうですか、本当に最近は自転車でのああいう事故は多いですからね。特に、アーバーイーツやそれに似た会社の自転車による事故は多発する一方で、今は、パンデミックを若干減りつつあるのに、アーバー人気は相変わらずですからね。それだけ、楽をしようという人が増えたんでしょうかね?」
と、佐和子は、冗談めかしてあいたが、ほとんど、本気であった。
「ところで、被害者の方はいかがですか?」
と佐和子が聞かれて、
「詳しいことは医者に聴いてほしいと思うのですが、今は緊急手術を行うということで、ここに来てから、そろそろ2時間くらいですかね? 手術室に入ったままです」
というと、
「そうですか、あなたもいい迷惑ですよね? 加害者に変わって我々が謝罪します」
ということであった。
「いえいえ、そんなことはいいんですよ。私も帰ってから、何かをしようと思っていたわけではないからですね」
というと、
「そういっていただけると助かります」
と刑事はいって、そこで一拍あったかと思ったが、一瞬間をおいて、刑事がさらに続けた。
「つかぬことを伺いますが、あなたは、加害者か、被害者のどちらかをご存じでしょうか?」
と聞かれた。
「えっ? どういうことですか? 私は二人とも知りませんよ?」
というと、刑事はさらに追及するようなことはせず、すぐに、どうしてそういう質問をしたのか、答えた。
「実はですね。加害者である男なんですが、彼は自分のことを、赤坂さとしと名乗っていたんです。なるほど、先ほどの沢村さんのお話にあったように、あの男は、事故のショックからか、平常心を失っているようで、情緒不安定になっていたですが、時間が経ってくると、少しずつ落ち着いてきたんですね。そこで、事故を起こした時のことを少しずつでも思い出すように話していたんですが、そのうちに、あなたのことを、どこかで会った記憶があると言い出したんですよ」
というではないか?
「私と遭ったことがある?」
と言われて、佐和子は自分の記憶を手繰ってみたが、自分の記憶と意識の狭間から、遠い記憶まで手繰ったつもりだったが、どうにもあの男の記憶がよみがえってくることはなかった。
「いや、思い出すことはできないですね。その人は私をどこで見かけたといっているんですか?」
と佐和子は聞いた。
佐和子は自分が思い出せないのは、あの男のことを、最初から毛嫌いしていて、
「私の知り合いに、あんな変な男などいるわけはない」
という思い込みであるということは、分かっている気がした。
だから、何とか記憶をさかのぼらせて思い出そうとしたのだが、どうしても思い出すことができなかった。
「いえ、わかりせんね。その赤坂という男は、私とどこで出会ったといっているんですか?」
と訊ねると、
「ハッキリとは覚えていないが、どこかで見たことがあるというようなことをいっているんですよ」
というのを聴いて、佐和子は、さらに怪訝な表情になった。
本来なら、刑事から変に勘ぐられるのが嫌なので、少しオブラートに包むくらいのことはあってもしかるべきだが、佐和子にはそんなつもりはなく、完全にあからさまだったのだ。
「そうなんですか? 私には、あんな変な人に知り合いなどいないし、見かけたというのであれば、変な人という意味で、インパクトのある印象として覚えているんでしょうけど、実際に記憶はありませんね」
というと、刑事も、
「そうですか」
と言って、それ以上言及することはなかった。
確かに記憶を掘り起こしてみて、贔屓目なしに思い出そうとしてみたが、あの男は、どうにも自分の記憶の中にも意識の中にも、存在するものではなかった。
一人の刑事が佐和子に事情聴取を行っている間に、警官がナースステーションのところに看護婦に話を聴きに行っていた。
メモを取りながら一通り話が聞けたということで、戻ってきたのだが、警官は、刑事に耳打ちするでもなく、佐和子のいる前で、普通に話し始めた。
刑事もそれを妨げることもなく、話を聴いていた。
「今看護婦さんに伺ってきたのですが、被害者は、どうやら、頭の打ちどころが悪かったようで、意識不明になったということでした。他に外傷はほとんどなかったんですが、頭の打ちどころが悪かったのではないかということですね」
と報告した。
「身元の方はどうだったんだい?」
と聞かれた刑事は、
「カバンの中に免許証があって、それを確認させていただいたのですが、名前は篠熊ゆかりさん、年齢は28歳ということでした。他に身元を示すものは発見されなかったので、会社は分かりませんでした。住所としては、事故に遭った場所から、歩いて5分くらいのところなので、時間的に見ても、帰宅中だったのではないかと思われます」
と報告すると、それを聞いていた刑事は、
「ああ、そうか、ご苦労様」
と、事情を聴いてきた警官の労をねぎらうように、そういったのだ。
佐和子は頭の中で、
「篠熊ゆかりさん?」
と記憶を呼び起こそうとしたが、やはり、自分の記憶にも意識にも、その名前は出てこなかった。
ゆかりにしても、加害者の赤坂という男にしても、顔は見はしたが、どちらも、出会いがしらの後のことで、ゆかりは、倒れたところ、赤坂は、パニックになってしまってからの顔しか見ていない。
だから、どちらも、普段がどのような表情なのかということを分かるというわけではなかったのだ。
「篠熊ゆかりと、赤坂さとし」
と、名前を頭の中で連呼してみたが、やはり浮かび上がってくる記憶はなかった。
それなのに、刑事は、
「加害者のたわごとを信じるかのように私に聞いたのだろう?」
と、佐和子は感じた。
確かに、加害者とはいえ、証言をしたのであれば、それを裏付ける確証を得るのは警察の仕事でもあった。
だから聞いたのだろうが、佐和子としては、その男のたわごとをまともに信じたかのような警察医、少し不信感のようなものを抱いたのだ。
やはり佐和子は、自分が、
「勧善懲悪な性格だ」
ということに気づいたようだった。
それを感じた瞬間に、警察が、あの男の言い分を少しでも信用したかのように思い、少しだけ警察に不信感をいだき、
「こんな連中に協力してやるのは、どうあんだろう?」
と感じたほどだった。
もちろん、心の中では、
「警察が裏を取るのは当たり前のことで、何も、それに対して、自分がいきり立つことはないんだ」
と言えるだろう。
それを無理にいきり立ってしまうと、自分の負けであるということは分かっているはずなのに、変にムキになるのは、それだけ、自分を嫌の感じたかったというのもあったかも知れない。
「とりあえず、冷静にならないといけない」
と思い警察の話を聴いていたが、それ以上の詳しいことが分かるということはなく、今のところ、彼女の手術が終わらない限り、
「大きな石が動く」
ということはないだろう。
それから、1時間くらいの時が過ぎた。
一人でいると居たたまれなくなるほどの、果てしなさを時間に対して味わうことになるのだろうが、まわりにいるのが、刑事だということになると、さらに、時間の経過を長く感じるのだった。
それは、あからさまなわずらわしさで、
「果てしなく続いていくものだ」
と認識させられた佐和子だったのだ。
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