98.立派な掛け声で産みました

 私がルーカス様の妻になって、五年目の春。穏やかな日差しの中で、私は気張っていた。


「ふんぐぅ! はっはっ、ひんぎぃ!! えりゃー!!」


「奥様、ひっひぃふぅです」


「ひっひぃ、ぐりゃぁああ! もう出てぇ」


 雄叫びに医者が吹き出した。ルーカス様が探してきた、珍しい女性の医者だ。彼女は眼鏡を直す振りで、笑いを誤魔化した。ずれてもいない眼鏡の縁に触れる仕草を、見るともなしに見守る。と、激痛が走った。


「うんぎゃあああぁ、はっはっ」


 全力で叫んで痛みを拡散し、乱れた呼吸を整える。出産がこんな激痛と苦労に塗れた重労働だなんて。夢もへったくれもないわ。ぐっと下腹部が奇妙な動きをして、咄嗟に力を入れようとした。ところが女性医師が脇を擽る。ぷはっと力が抜けた。


 猫の子のような鳴き声が聞こえる。ぼんやりとそう思った私に、「おめでとうございます」と声が掛かった。


「奥様にそっくりな男児ですわ」


「え?」


 女性医師に続き、ハンナが男の子だと告げる。えっと……最後の部分でぽろっと産まれちゃったのかしら?? 実感がないまま、布に包まれた赤子を渡された。ほかほかで、赤くてくしゃくしゃ。誰に似てるとか、正直判断できない。私、この顔に似てるの? ショックなんだけど。


 女性医師の指示に従い、泣く赤子にお乳を与える。ところが出なかった。ぺったんこの胸も、出産に合わせて膨らんだのに。赤子が吸っても、音だけで出ない。泣きそうになった私を、ハンナが苦笑いで励ました。


「いつもの調子で、最後はなんとかなりますって」


「うん……」


 やたら眠くなってきた。赤子を胸というか、腹の上に乗せたまま目を閉じる。うとうとする私の本当に薄い胸を、赤子は必死で吸っていた。可哀想、母乳たっぷりそうな豊かな胸の母じゃなくて、ごめん。寝て起きたら気合い入れて母乳を出すから。


 半分寝ているせいで、意味不明な呟きをぶつぶつ繰り返す私は、さぞ不気味だっただろう。ルーカス様が扉の外で騒いでいるのが聞こえた。直後、勢いよく扉が開く。変な音がしたから、壊れたかも。


 音にびっくりして大泣きする赤子を抱いて、私は目を見開いた。ベッドに駆け寄ったルーカス様は、膝をついて視線を合わせる。


「大丈夫か? 産んでくれてありがとう。男の子だな、君に似て可愛い。すごい叫び声が聞こえて、気が気ではなかったぞ」


 捲し立てるルーカス様の言葉で、お礼や気遣いは耳を抜けていく。君に似ているの部分が、妙に気になった。


「私、そんなに似てます?」


 泣きそうな声で尋ねる。どう誤解されたのか、そっくりだと返された。しわしわで赤くてくしゃくしゃ、が私の顔か。泣き出したい気分で全身の力を抜く。はだけた胸に乗る息子の鳴き声が、妙に印象的だった。


 まあ、いいか。似てないより似てる方がいい。愛が重い夫も、私に似た子なら可愛がってくれそうだし。どこまでも前向きに受け止めた。


「あ、母乳が……」


 出た! 声が掠れたが、私の声に反応したハンナが慌てて動く。赤子の口元を寄せると、すごい勢いで吸い付いた。この生命力を持って生まれるんだもの。大丈夫、育児だってなんとかなるわ。

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