99.我が子は本当に愛らしい

 半年前はハンナが女の子を、翌年にエルヴィ様が男の子を出産した。プルシアイネン侯爵邸は、乳母が五人も雇われる大盛況である。三人の赤子に対して、数が多いのは……実は、ハンナが双子を産んだから。


 一人は常に誰かのサポートに入る。交代で乳母が移動するため、屋敷の間の扉は日常的に開閉されるようになった。もう元王女様を襲う敵もいないし、子を産んで占いのできない私を襲撃する理由もない。ごくごく平和な日常を噛み締めていた。


 隣国アベニウスは、ベルマン王国と名を改めた。これによって新たな王家が誕生し、周辺国はほっとしたと聞く。まあ、叛乱が流行って自国に飛び火したら災難だもの。国王陛下達の心労もわかるわ。


 結婚から二年経てば、姪が私の跡を継ぐ予定だった。しかし彼女が宮廷占い師は嫌だと逃げ出し、追いかけて捕まえたものの、説得に応じない。狙われて危なかった私を見て、心配になったみたい。気持ちはわかるわ。そこで肩書きが王女殿下の側近に変更された。


 実際は占いもするんだけれどね。他国には占い師の血筋が絶えたと伝え、こっそり相談役をする。バレたら終わりだが、その辺は国王陛下や王妃様の手腕にお任せだ。妊娠させる権利を得るため、ルーカス様も奔走なさったとか。


 本当に欲望に忠実な人だわ。準備が整って生まれたのが、息子クート。私によく似た顔立ちと紫の瞳、柔らかそうな銀髪で、間違いなく私達の特徴を半分ずつ受け継いだ。ルーカス様の溺愛は続いており、私は早くも二人目を授かりそうで戦慄している。


 また出産の痛みを味わうのはゾッとするし、一年弱もお腹に赤ちゃんを入れて気遣いながら生活するのも疲れる。ただ、生まれた子は可愛い。誕生直後は「え?」と思ったけれど、今はひたすらに愛しい存在だ。


 今もお乳を吸いながら、小さな手をにぎにぎと動かしていた。こんなに細くて小さな指なのに、ちゃんと大人と同じ本数ある。それが不思議に思えた。手のひらに触れれば、想像できない強さで握ってくる。その度に胸がジンと熱くなって、目が潤んでしまう。


 次の子は、ルーカス様にお顔の似た女の子がいいわね。きっと美人すぎて、他国からも求愛の申し出があるわよ。当然、ルーカス様は断るでしょう。ひと騒動起きそうで、想像して頬が緩んだ。


「乳母が迎えに来ました」


「わかったわ」


 ハンナに答え、私はクートを包んだ。乳母を雇ったのは、乳を与えるというより……夫のためだ。私が寝れずに窶れたり、夜に乳を与えるために起きたりするのを心配した。国政を放り出して私のサポートを始めたので、慌てた陛下から送られてきたのが、今の乳母だ。なんだか申し訳ない。


「顔色は大丈夫そうだな。クートを預けたら、散歩でもしないか?」


「ええ、素敵ですね」


 じっと見つめる夫の視線から、授乳で肌けた胸元を隠す。彼の視線が欲を孕んで、なんだか恥ずかしかった。何度も見られているんだけど。以前より膨らんだ胸は、お風呂に入るたび嬉しくて触れてしまう。ルーカス様も気になるのかしら。

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