89.貴族のお友達がいないのよ

 数少ない貴族の知り合いに片っ端から招待状を送った私は、ほっと一息ついていた。貴族とのお付き合いが少なすぎて、伯母や姪も含まれる。それどころか、お忍びで来ませんか? と王妃様やムストネン公爵夫人へも送ってしまった。


 平民のお祝いは、領民がいる。ハンナを含めても、私が呼べる貴族は両手ほど。声をかけて断られるのは諦めがつくが、試す前に諦める選択肢はない。他にも裕福な商人や、侯爵家の御用聞きさんにも声をかけた。お祝いは賑やかな方がいい。


 半数くらい残ればいいかな。そう思ったが、宰相家の侯爵夫人の肩書きが火を吹いた。驚くべき効果で、なんと……全員から参加の手紙が返ってくる。国王夫妻、いくら近いからって王宮を留守にしすぎだと思う。誘った私がいけないんだけど。


「参った。国王陛下と王妃殿下が、ニュカネン子爵の結婚式に参加したいそうだ。警備の手配は騎士団長にやらせるとして……」


 夕食時に思わぬ弱音を吐く夫に、私は固まった。ぎこちなく笑みを浮かべる。まさか、こんなところに皺寄せが!


「大変ね」


「……そうだな」


 知ってるぞと脅すような口ぶり。これは完全にバレている。先に謝るべきか、指摘されてから応じる方がいいか。墓穴掘りが特技なので、ひとまず後者を選んだ。黙ってニコニコと愛想を振りまく。


「お仕置きが必要だと思わないか?」


「……ごめんなさい」


 前言撤回、すぐに謝るべきだった。失敗したわ。美しく整った顔に満面の笑みを貼り付けたルーカス様は、私の手を優しく取った。そう、優しい。だからこそ、この後の展開が怖かった。


「えっと、あの……まだお手紙の返事を」


「執事に任せていいぞ」


 いや、王妃様とか公爵夫人とか、目上には失礼だし。伯母も私が書いたお手紙で返事をすべきだと思うの。そんな言い訳を並べてごねるが、抱っこされて強制連行となった。


 部屋からいろんな声が漏れ、濡れたシーツやらが運び出された。それから、飲み物や食べ物が持ち込まれ……解放されたのは翌日の夕方。ほぼ丸一日潰れた形だ。腰が痛いし、立てない。むすっと膨れた私の頬を指で潰しながら、ルーカス様はご機嫌だった。


 お肌の艶も増したようで、美人がさらに際立つ。対する私はボロボロなんだけれど、半分は自業自得と諦めた。


「ところで、なぜ王妃殿下に声をかけた?」


「……少ないの」


「なにが?」


「貴族のお友達が、いないのよ」


 驚いた顔をするルーカス様に、溜め息を混ぜて説明を始める。宮廷占い師として王宮に上がる方が、デビュタントより早かった。相談役を兼ねている職種で、機密も多い。一緒に過ごせる相手は限られてしまった。


 王宮では顔を隠して貴族と話さない。子爵令嬢としては、田舎に引きこもって出てこない。どちらも友人を作れる環境ではなかった。そう締め括れば、申し訳なさそうに「これから友人を増やせばいい」と慰められた。


 大人になってから友人を増やすのは、勇気がいるわ。でもエルヴィ様を見習って、頑張らなくちゃね。

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