88.策略も占いも無駄はない
殺されそうになったところに、幼馴染みに助けられたとか。辺境伯家の嫡男で、実力も身分も人柄もしっかりした人らしい。助けた理由が、なんとも義理堅かった。
以前に王宮で茶会に参加し、無作法をしたところを助けてもらったそうだ。恥をかかずに済んだ上、しばらく一緒に遊んだ時期もあるようで。今になって返すチャンスが巡ってきた、と喜んだ。
この辺の詳細な情報が、他国の宰相閣下の耳に入ったのは、単純に情報源がルーカス様だから。過去に国境で揉めた際、話し合いに出向いたことがあった。その際にちらりと耳に挟んだ情報を、利用したのだ。単純に、若く有能な辺境伯に恩を売るためだった。
「それがどうして浮浪者になっちゃったの」
不審者を通り越し、浮浪者よね。あの汚い姿や痩せ細った状況からして、逃げていたみたいだし? 首を傾げたら、笑いながら教えてくれた。
「周辺国にアベニウス国の暴挙を喧伝するために、彼を利用した。国境で殺されそうになった部分も含め、派手に流したら……暗殺者を送られたらしい」
吹聴された事実が、アベニウス国にとって不都合だった。死んだことにして、すべて嘘だと塗り替えようとしたのだろう。最終的に辺境伯が逃して、ことなきを得た。というか、公爵令息に構っている場合じゃなくなった。ほぼ同時期に動いたルーカス様達の策略で、王制が崩壊したんだもの。
時系列を理解し、私は不幸なスッテン男の冥福を祈る。まだ死んでないけれど、私の寝室に入り込んだ時点で、もう命の炎は消える寸前だ。ルーカス様が許さないと思う。
「生き証人として、アベニウスの王子が欲しがっていた。引き渡すつもりだ」
「新しく国を興し直す王子様?」
「ああ」
悪い顔でにやりと口角を持ち上げる美形、うん、悪くない。前の王族を貶す道具にでもするのかな?
「予備にするそうだ」
あ、違った。種馬の方だった。お盛んなタイプらしいので、その意味では使えるだろう。万が一にも王家に新しい子が生まれなければ、彼が産ませた子を養子にする。血筋は繋がるけれど、悪い部分が遺伝したら困るわね。
策略なんて怖いと遠ざけてきたが、すべてに理由がある。占いのカードと似ているな、と共通点に嬉しくなった。一枚のカードだって無駄じゃない。何かを示している。久しぶりに占いをしたくなったかも。
商売道具ではない。幼い頃に無邪気に捲っては、読み解いて楽しんだ時のように。そう考えれば、王妃様の他愛ない相談を占うのは楽しかったな。
「陛下も王妃様も、この頃は占いの相談がないのよね」
「俺が止めている」
きょとんとして見上げる。なんで? 目は口以上に雄弁に疑問を伝えた。
「当然だろう、俺達は新婚だぞ」
もう二ヶ月は経つけれどね。一応新婚かな。うん、そういえばルーカス様も王宮にいる時間が短い。最低限のことだけ処理して、あとは誰かに任せたのかも。気の毒なことだ。
大変な仕事を任されたであろう部下を哀れむ。だが、実際のところ……難しい判断を迫られる仕事を押し付けられたのは、国王陛下だった。気づいたのは、夜になって。難しすぎて部下に任せられない、そんな呟きを聞いたからだった。
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