79.説教に見せかけた脅迫だった

 意外なことにハンナの説教は、ルーカス様に響いたらしい。疲れて気絶するように眠った私が目覚めた頃には、また空は暗かった。夜空をぼんやり見つめる私の頬に手を当て、ルーカス様は詫びる。


「すまなかった。体力差を考慮し、もっと労わるべきだったんだ。だから離婚は考えないでくれ」


 ……離婚? どうやらハンナは説教ではなく、脅迫をしたのね。方向性は違っても、二人とも大切な人だ。仲良くしてほしい。時間をかけて伝えると、ルーカス様は複雑そうな顔で承諾した。


 すでに結婚式から五日経っていて、夜が明けたら六日目だなんて。驚いたけれど実感はない。ということは、もうすぐハンナの結婚式じゃないの!


 寝込んでいる場合ではない。焦る私は動けず、明日から頑張りますと決意した。これは逃げじゃないの。ただ、本当に動けないだけよ。明日は動けるといいな。侯爵夫人になった実感は皆無だけれど、ハンナの結婚式が最初の社交になるだろう。


「ハンナの結婚式、ドレス代は私が……払う」


「お願いします」


 ハンナが笑顔で頷いてくれたので、安心した。ルーカス様も特に問題ないと頷く。ドレスは注文済みなので、私が貯蓄した財産から支払ってもらうよう頼む。選ぶセンスはなくてもお金はあるのよ! 一度言ってみたかった成金のセリフである。


「エルヴィ様も心配しておられました」


「ああ……うん。お二人の結婚式ももうすぐだったわね」


 ハンナの次はエルヴィ様。結婚式続きなので、私もドレスが必要だ。ちなみに、エルヴィ様のドレスは友人が用意されると聞いた。運命の夫ヘンリを引き合わせた伯爵家のご令嬢だとか。


 アベニウス王国がなくなったので、爵位は返している。しかし母君が他国から嫁いでおり、そちらが侯爵家らしい。母君がご実家に戻り、その際に子爵家を譲り受けていた。今は子爵令嬢だ。彼女が婚礼衣装を用意し、お祝いに駆けつける。素晴らしい友情ね。


 行動力があって、有言実行タイプとみた。平民を差別せず実力で雇う方なら、是非とも友人になっていただきたい。こちらに滞在している間にお願いしよう。


 自分の結婚が一段落し、愛する人を手に入れたら……他人のあれこれが気になり出した。既婚夫人が、周辺の未婚令嬢に口出しするのは、これが原因かも。自分が幸せなら、その幸せを他の人も味わってほしいと思う。未婚令嬢の立場だと、余計なお世話になるんだけど。


 私も周囲に余計なことをしないよう、気をつけないとね。婚礼に参加してくれた国王夫妻や貴族家には、すでにお礼を届けたらしい。本来は妻の仕事なので、私がやるべきだ。申し訳ないと詫びたら、ハンナは「そのくらい当然です」とルーカス様を睨んだ。


 平然と受け流すルーカス様は「君にこれ以上負担をかけられないからね」と穏やかに答えた。うん、この二人は私を挟んで、ずっと睨み合ってそう。


「仲良く、ね?」


「もちろんだ」


「ご安心ください」


 まったく安心できない笑顔を向ける二人に、私はぷっと吹き出した。笑ったらお腹が痛くて呻き、丸まろうとした手足がギチギチと悲鳴を上げる。しばらく、大笑いは厳禁ね。

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