70.本当に染みを抜いてみた

 屋敷の主人であるルーカス様は、翌日もその次の日も戻れなかった。こちらには王宮騎士団の応援が駆けつけ、てんやわんやの大騒ぎだ。まず騎士を送る前に相談してほしい。空いている客間を片っ端から当てがった。


 王宮騎士団は貴族家出身者が多く、豪華な部屋でも苦情はない。なぜか床で寝る騎士が現れ、その辺は苦慮した。注意してもいいか迷ったのよね。ふかふか絨毯が気持ちいいのは、私も知っているし……最終的に、執事の判断でベッドを用意したらしい。


 政の戦いに、私は関与できない。主に能力が足りないから。そのことを悔やむより、前向きに出来ることをしよう! そう決めてワンピース姿に着替えた。まだ奥様じゃないから平気だと思う。ハンナのように髪を後ろで結び、優雅な螺旋階段に座り込んだ。


「お嬢様、いったい……何を?」


「染み抜きよ。血は早くしないと落ちなくなるから」


 昨夜転がっていた死体が消え、黒々とした染みが残っている。これを落とさないと、玄関ホールから丸見えだった。さすがに血の染みだと思う貴族は少ないはずだが、勘のいい人は気づきそう。


 一番奥にある使用人用の階段を降りて見つけた布を片手に、ゴシゴシと擦る。近くに置いたバケツも、同じ場所で見つけた。水で濯いで、また擦った。


「お嬢様、まず……血の染みを擦ってはいけません」


「え? 嘘!」


「本当です。叩くように染みを抜きます。それから……言いづらいのですが」


 ハンナはちらりと視線を階段上に向ける。そこには泣き出しそうな顔の執事がいた。そうよね、わかるわ。玄関ホールから見える階段に、こんな染みが付いたら泣くわよね。主人であるルーカス様が不在で、留守を守っている間の出来事だもの。


「安心して、私がルーカス様に話しておくわ」


 解雇とかないから。にっこり笑って告げた途端、執事の後ろを通りかかった侍女が吹き出した。え? この屋敷だと意図しない部分で笑われるんだけど。


「そうではありません、お嬢様。階段の絨毯はすべて交換になります」


「交換?」


「はい、これらは廃棄します」


 執事は駆け寄ってバケツを取り上げ、私の手から布も奪った。両方まとめて、侍女に片づけるよう言いつける。呆然と見送った後、私は座った階段の染みを見つめる。普段は手際のいい侍女達が動かないから、おかしいと思ったのよ。


「明日の夕食には帰ると、旦那様より連絡が入っております。お嬢様の一番のお役目は、戻られた旦那様を癒すことでございます」


 諭すように言われ、なるほどと立ち上がる。ハンナに手を引かれ、階段を後にするが……頂上で振り返ってしまった。この絨毯、高そうなのに捨てるの? もったいない。洗ったらまだいけるよね。


 お風呂に放り込まれた私は、ぼそぼそと持論を並べてみた。呆れ顔のハンナに「侯爵家はお金がありますから。それと、襲撃の跡を綺麗にするなら交換が一番です」とやんわり訂正される。そうか、私の考えって、貧乏子爵家レベルなのね。今後は気をつけよう!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る