55.婚約の届け出の確認?

 焦げ茶の髪に黒い瞳、いつも眉間に皺を寄せて難しそうな顔をする人。周囲の印象はそんな感じだろう。実際、熊みたいだし……私は怖さより、いつも助けてくれる人という認識だった。騎士団長として王宮に勤める伯爵家当主だから、身元もしっかりしている。


 すぐに通された彼と客間で向かい合った。これまた初めての客間だ。クリーム色の絨毯と白い木目の家具、緑の葉をモチーフとした飾りや模様が施されていた。いったい、いくつ部屋があるんだろうか。大きなお屋敷は維持も大変そう。変な心配をしながら、私はお茶を勧めた。


「どうぞ」


 粗茶ですが……と口に出来ない。私が飲んだ中でも、上位に入る高級茶じゃないかな。香りが良くて、口元で堪能してしまった。野生的な見た目から想像できない優雅な手つきで、熊な騎士団長がお茶を飲む。


 礼儀として一口飲んでから、ソーサーにカップが戻された。急ぎの用事かな? ソイニネン伯爵は、挨拶をすっ飛ばして本題に入った。


「ハンナ嬢の婚約だが」


「はい。いい人がいたんですよ! ルーカス様のご紹介で、何でも騎士の方だとか。侯爵家のご出身だと聞きました」


 構えていた私だが、切り出された内容にほっとする。すらすらと口を滑って出てきたのは、ルーカス様から聞いた相手の条件だった。侯爵家の三男? 次男だっけ?


「ニスカネン侯爵家次男だが、本当に君が許可したのか?」


「ええ」


「ハンナ嬢も了承したんだな?」


「はい」


 何を念入りに確認しているんだろう。首を傾げる私に、彼は額を押さえて呻いた。


「そうか……ならいいんだが、今日、婚約の届け出があって焦ったんだ。本人が納得なら構わんが……」


「素行が悪いんですか?」


 不安になって尋ねると首を横に振る。仕事ぶりは真面目だし、仲間の評判も悪くないとか。何をそんなに確認しているのかしら。


「部下の婚約でここまで来られたんですね」


 よほど大切な部下の方なんだな。いい上司じゃん。微笑ましく思いながらお茶を飲み、用意された茶菓子を口に入れる。あ、この焼き菓子美味しい。


「……エサイアスの話だからな」


「……は?」


 エサイアス、副団長でリーコネン子爵の? 顔色が変わるのが自分でも分かる。血の気が引くって表現がぴったり。噛んでいた焼き菓子の欠片が刺さった。痛い……え? ちょ、本当に?!


「ほんほに、へはいはふ?」


 刺さった焼き菓子を飲み込む前に口を開いてしまい、間抜けな声が漏れる。ルーカス様、なんて人を紹介したのよ! ストーカー男じゃない。早くハンナに知らせなくちゃ。慌てる私の様子に、ソイニネン伯爵が額を押さえて呻いた。


「やっぱり、理解してなかったのか」


 誰も同じ人だなんて言わなかったじゃない! ヤバイ、まさか婚約書類が整って提出されてたり? そういえば、部下の婚約の届け出があったとか。さらに青褪めていく私に、騎士団長は慌てて助けを呼ぶ。駆け込んだ侍女にお茶を飲ませされながら、ルーカス様を呼んでくれるよう頼んだ。

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