56.妻を監禁したらマズい、よね?
到着したルーカス様に詰め寄る。というか、今日はお屋敷にいたんですね。ここ最近忙しそうにしていたので、留守かと思ってたわ。
「なぜストーカー男を、ハンナに紹介したんですか!」
「ストーカー?」
きょとんとして言葉を繰り返し、ルーカス様は騎士団長と私を交互に見た。それから心底不思議そうな顔をする。
「ニスカネン侯爵が直々に持ちかけた縁談だぞ。次男である息子も爵位を持っているし、騎士団の副団長を務める好条件だ。多少束縛が強いが、今回は勤務の続行も許している。何も問題ないだろう」
淡々と並べられ、一般的に好条件の良物件なのはわかると頷いた。ただ、肝心な部分が抜けている。
「リーコネン子爵は何度か私を助ける際、ハンナと顔を合わせています。惚れて監禁しようとした危険人物なのに!」
「妻を監禁してはまずいのか?」
……マズいと思う。え? そこから? まさかルーカス様はリーコネン子爵を理解しちゃう側の人!?
さっと距離を置いた私の顔色が悪いようで、おろおろする騎士団長が間に入る。
「エサイアスは優秀だ。監禁しないと約束したなら、大丈夫じゃないか? いや……心配なのは理解するが、宰相閣下も監禁したい派なのか」
部下を擁護して、途中で不安が吹き出し、最後にルーカス様の危険性に気づいて顔を引き攣らせた。忙しい騎士団長の変化に、ルーカス様はやれやれと前髪を掻き上げた。
「私が妻を監禁? 何を仰ってるんですか。婚約者であるイーリスもリンネアも大切にしますよ。外出も社交も咎める気はありません。ただ……誰かと浮気すれば話は別ですが」
そうよね、あんなストーカーが上層部にほいほい現れるわけがない。浮気したら、その人が悪いわけだし。閉じ込められたり、咎められたりは普通だ。頷く私を見て、騎士団長ソイニネン伯爵は肩を落とした。
「すまん、イーリス殿。窮地に追い込んでしまった」
「え?」
「ソイニネン伯爵と二人きりで会うなんて、立派な浮気ですよ……イーリス。あなたには罰が必要です」
「え、ええええ?!」
口調が宰相モードになっている! 血の気が完全に失せたんじゃないかな。指先が冷たくて震えるし、全身から変な汗が出る。じりじりと後ろへ逃げる私の手首を、簡単に掴んだルーカス様が顔を近づけた。にやりと黒い笑みを浮かべるけれど、顔がいいと許せそう。
「くくっ、本気にしましたか? ストーカーにならないよう、あなたが監視すればいいでしょう。ハンナ嬢の婚約は確定です」
裏で何か取引とかした? ハンナはまだ結婚してないから、婚約を解消できるのに。確定しちゃうなんておかしい。こういう違和感には鋭いんだからね。
じっと睨む私の頬に手を触れ、ルーカス様はにっこりと天使の笑みを作った。
「あなたも含め、僕は獲物を逃したりしませんよ」
……違う、天使じゃなく悪魔の囁きだったわ。今ぐらいの生活なら、引きこもり気味の私にはちょうどいい。うん、王命だし逃げるのは諦めよう。そのほうが自由が確保できそうだもの。
「本当に危険を感じたら、助けを求めろよ」
ぼそっと呟く熊男の騎士団長を見上げる。もう少し手入れをしたら、顔はいいのに残念。ルーカス様に浮気判定されそうな感想が浮かんだ。
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