54.急な来訪者は嵐の予感

 数日後にハンナが復帰する。その手紙を受け取った時、私はへろへろだった。ダンス練習が一段落したばかりで、汗を拭きながら受け取った手紙に目を輝かせる。ハンナが復帰したからってダンスがなくなるわけじゃないけれど、やっぱり昔馴染みが一緒にいると安心できるはず。


 浮かれながらエルヴィ様の訪問を受け入れ、お茶を飲みながらハンナの話をする。婚約が決まったので実家に戻っていたが、ようやく復帰すること。まだ男爵令嬢だが、将来は騎士と結婚すること。エルヴィ様はものすごく喜んでくれた。


 エルヴィ様自身が騎士と駆け落ちしたわけだし、騎士の奥さんになるハンナへの好感度が高い。何より、私以外にも友人はいた方がいいと思うのよ。王妃様は気遣ってくださるけれど、直接友人というわけにいかない。平民の奥さん達と仲良くなろうと心掛けている話は聞いたが、相手が気後れしそう。


 仕草や所作が本当に綺麗なんだよね。エルヴィ様と並べば、大抵の人は見劣りするし。もっと庶民っぽくならないとお貴族様感が漂ってしまう。私ぐらい庶民なら混じっても、パン屋のおかみさんも気にしないよね。そんな笑い話でお茶会を締めくくった。


 この後はステップの復習をして、衣装の最終サイズ調整があり、夕食後に最後のダンスレッスン。ステップの復習は一人だが、夕食後はルーカス様と合わせる。当日息が合わないと恥をかかせてしまうため、ここは省けなかった。あと、衣装の最終サイズ調整は正直……怖い。


 太ったら当日着れませんからね、という最終宣告だもの。無理にコルセット絞るの止めてもらおう。ここのご飯が美味しいから、太る自信はあるけど痩せる覚悟は足りていない。絶対に増えるよね……ウエストとかお尻とか。不思議と胸は最後まで増えない。痩せると最初に消えるのは胸だけどね。なんたる不条理!


 過去の経験から遠い目になった私は、はっと我に返った。ステップを間違えないよう、覚えておかないと。右と左を踏みだし間違えたら、足を踏んじゃうもの。さすがにそれは失礼だし、痛そうだ。ヒールの高い靴で踊るため、足が締め付けられて辛かった。


 よたよたと移動し、侍女の応援を受けながら踊る。くるりとターンして止まった。今のはいい感じじゃないかな。ふふっと自画自賛する私は、来客の知らせに驚いた。私を? 訪ねて? 誰だろう。首を傾げる理由は、ここにいるのがイーリスだから。


 占い師イーリスには、訪ねてくるほど親しい友人はいないはずだど?


「騎士団長ソイニネン伯爵様です」


 執事に告げられ、黒と茶の大きな熊の姿を思い出す。よく助けてもらったが、ここまで訪ねてくる用事……思いつけないまま、お会いすることにした。

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