19.深夜の襲撃より美形の笑顔

 宮廷占い師の小屋敷は、襲撃されることを前提として建てられている。地位や役割に不釣り合いな、小さい屋敷が一つの答えだった。大き過ぎれば逃げるのに時間がかかるし、侵入に気付くのも遅れる。何より警護の兵が大勢必要になった。


 屋敷内に見慣れない者を大勢配置すれば、入れ替わられる危険が高まる。その意味で、今の屋敷は安心だった。宰相プルシアイネン侯爵閣下が選び抜いた兵は、全員が顔見知りで構成されている。一人でも見慣れない顔が入りこめば、すぐ特定可能だった。


「疲れちゃったわ」


 王宮から通いの侍女が引き上げ、私は部屋のベッドに飛び込んだ。ハンナが呆れ顔で、放り出したヴェールを片付ける。夜なのでしっかり戸締りした。カーテンも閉めた上での行動だから、許してほしい。


 宮廷魔術師として体面を保つためのドレスを脱ぎ、締め付ける下着から逃げ出した。ハンナが用意した薄衣の寝着に袖を通す。そのまま、ごろごろと転がった。洗い立てのシーツが気持ちいい。


「婚約者もおられる立派な淑女が……なんてお姿を」


 ぼやきながら、私に上掛けを載せた。柔らかな毛布は羊毛かしら。手で撫でながら、くるりりと体に巻きつけた。温かいし、安心するわ。


「お嬢様、お風呂はどうなさいますか?」


「明日でいいわ」


 朝入るから、そう伝える。脱ぎ散らかしたドレスは、ハンナが回収した。


「では下がります。明日はいつも通りのお時間で構いませんか?」


「たぶん、予定はなかったと思う」


 半分眠りそうになりながら答え、ベッドからずり落ちそうな足を引き寄せた。蛹のように毛布に包まれ、蓑虫さながら体を丸める。蝶になれるなら、ルーカス様のお嫁さんがいいな。政略じゃなくて、恋愛結婚したい。


 本音ダダ漏れの思考は、すぐに眠りに誘い込まれた。うたた寝に近い状態で、意識の浮上と沈下を繰り返す。




 カタンッ。


 それは小さな音だった。だが浮上したばかりで敏感な意識に引っかかる。びくりと肩を揺らした私は、薄く目を開いた。普通に暗い。何度か瞬きし、もう一度周囲を確かめる。人がいそうな感じはないし、気のせいだったかな。


 半分眠っていた意識が再び沈もうとした時、もう一度音が聞こえた。今度は間違いではない。寝返りを打つフリで体勢を変えた。音は左側から聞こえた気がする。


 もそもそと毛布の中で体を丸め、逃げ出す準備を始めた。護衛の兵がいるのは、扉の外……廊下に向かって逃げるのが正解だ。左側は窓際なので、侵入経路なのかも。心臓の音が大きく煩い。外に聞こえそうな感じがして、耳障りだった。


 っ、今だ!


 タイミングを測って飛び出す。毛布を被ったまま扉を開けようと掴んだノブが、外から捻られた。


「え、なんで」


「伏せて」


 聞こえたのはルーカス様の声、考えるより早く膝を落としてひれ伏した。頭の上を何かが飛び越え、呻き声や物音がして……恐ろしくて動けない。


「もう大丈夫だ。起きられそうか?」


「あ、はい……」


 毛布をしっかり掴んだまま身を起こす。しばらく見つめ合った後、普段と違うことに気づいた。ヴェール! ヴェールがない!


「ケガがなくてよかった」


 美形の微笑みって、すごく心臓に悪い。胸が痛いくらいきゅっとした。

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