18.占いが思惑を白日の下に晒す
隣国の狙いは、この国に戦争を仕掛けることだ。王の狙いなのか、宰相や貴族の願いなのかは不明だけれど。ステーン公爵家の次男であるクリストフは、甘やかして育てられたのだろう。跡取りではない高貴な血筋の使い道なんて、どこかの貴族家に婿に入って血を繋ぐことくらい。
歯に衣着せず表現するなら「子作り」以外に使い道がない。考えが足りない彼に調子のいい話を持ち掛け、隣国の宮廷占い師を誘惑するよう仕掛けさせた。結果、こちらが断ることを想定して。その際に不敬を働く公爵令息を我が国が罰すれば……それを理由に攻め込む。
そう考えたら王家じゃないのかも。黒幕は貴族家のような気がした。戦争が起きて儲かる商売をしている貴族や、蓄えた食料や武器を売り抜けようと考える者、または……これだ。カードが示したのは、0番のフールだった。道化師、愚か者……すべてを知りながら崖に踏み出す者。
隣国に大きな産業はない。農業や酪農も輸出するほどの特産物がなく、鉄鉱山がひとつだけ。それも枯渇して廃坑になって久しい。となれば、豊かな我が国が羨ましく思えた。持っていないし生み出せないなら、奪えばいいと短絡的に考えた。
カードの語る愚かな真実を、私の指先が辿る。
「占いの結果は?」
「あなた様の未来です。ステーン公爵令息」
黒幕を示す『愚者』のカードを指差し、隣に並んだ未来を意味する『吊られた男』に触れた。逆さに釣られた男が、逆位置に表示された。彼の言動は徒労に終わると言い切った形だ。彼はそれを読み取れないだろう。
流れで読めば、黒幕に「死んで来い」と命じられた哀れな道化であり、死刑囚と表示された。隣国アベニウスで待つ黒幕は彼に死んでほしい。我々が取るべき手段は、生かして帰すこと。相手がそれを想定していた場合、帰り道で儚くなる予定なのだ。
「ふーん、意味は?」
「危険が迫っていますね。半年後には答えが分かるでしょう」
その頃には決着がついている。直接伝えなくても、彼に結果は伝わるはずだった。殺されかけた状況なんて、知らない方がいい。濁した私の口調に、国王陛下の目が細められた。眼差しが鋭くなり、じっとカードを眺める。
対する公爵令息は「その程度しか分からないんだ」と呟いた。侮る態度に、占い師への理解はなかった。誘導されてここに来たのだと察する。絶世の美女だと言われたのかも? だったら、ヴェールを捲って顔を見せたら、大人しく帰った可能性もあるか。私の能力はともかく顔は普通だし。
「ルーカス様、お客人は国境の先まで警護を付けて送ってください。傷がつかぬよう、くれぐれもお気を付けくださいませ」
公爵令息への気遣いのような言い方に、ルーカス様は微笑んで頷く。
「イーリスの望む通りにしよう」
ああ、気づいてくれた。私自身は駆け引きは出来ないが、カードは政の裏側を語る。それを伝えるために、言葉だけは豊富に学んだ。役に立って何よりだ。その後も口説き文句を並べる公爵令息は、丁重にお断りして客間に引き取らせた。
一度片付けたカードを再び、同じ形に並べ直す。それから今後の見通しを陛下とルーカス様に伝えた。ここで濁す必要はない。隣国がこの国の資源を狙って攻めてくること、公爵令息の死をその引き金にするため帰り道で襲撃されること。それと意味が繋がらない一枚のカードを示した。
『星』――あなたの直感を信じなさい。このカードだけが、他の意味と繋がらない。その事実を伝えて、カードを片付けた。一息ついた私の肩に、ルーカス様が優しく触れる。
「お疲れさまでした。政は私達に任せて休んでください。今日は私の帰りが遅くなりますので、護衛を増やしておきます」
何か起きると確信しているような口ぶりに、もしかして事前に全部知っていて答え合わせをした? と首を傾げる。まあいいわ、有能な婚約者様が働いてくれるんだもの。私はゆっくり屋敷で休ませてもらおう。こんな日は子爵家の温泉に入りたかったな。
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