第108話 星よ導きたまえ
ガンダルシア島を隅々まで探したけど、クレアの姿はどこにもなかった。
やはり、クレアは本当に誘拐されたのだろうか?
あいつのことだから自作自演の狂言ということも考えられると思ったけど、さすがにそこまで愚かじゃないか……。
だったら、いったいどこで誘拐されたのだろう?
「ウーパー、今からベルッカに行こうと思うけど、ついてきてくれるかな?」
「ああ、どこにだってついていくぜ」
いざ出かけようとしたらシルバーが僕らの前にやってきた。
レダスさんも一緒である。
「ブルル」
シルバーは首を下げて、僕らに乗れと言っているみたいだ。
「いいのかい?」
レダスさんがにっこり笑って説明する。
「シルバーはセディーさんが困っているのをわかっているのですよ。私に鞍をつけろとせがんでいたくらいですから」
さすがはシルバーだ。
いざとなるとこんなに頼りになる馬はいないだろう。
「一緒にクレアを探してくれるんだね」
「ヒーン!」
僕らはベルッカに向けて出発した。
街道ですれ違う人々にクレアを見かけなかったかを訊きながら歩く。
「十三歳くらいの金髪の少女を見かけませんでしか? おそらく背の高い侍女と一緒にいると思うのですが」
「さあねぇ、そんな子は見かけなかったよ」
近所に住む農夫だろう。
その人は急ぎ足で集落の方へ帰っていった。
すでに日は暮れ、辺りは暗くなっている。
街道を歩く人もいなくなってしまった。
「疲れてないか、セディー?」
「ぜんぜん。でも、暗くなってきてしまったね」
空にはたくさんの星が輝いている。
街灯なんてほとんどない世界である、前世の日本では考えられないくらい星々の輝きは鮮やかだ。
「いちどガンダルシアに戻るか?」
「ううん、やっぱりベルッカの屋敷に行ってみるよ。なんの役に立つかはわからないけどね」
そのとき不思議なことが起こった。
夜空に輝く白鳥星にむけて一筋の緑色の光が伸びたのだ。
「あれは!」
「なんだ、光魔法の一種か?」
「そうじゃないけど、きっとあの光の元にクレアがいるはずだよ」
「よし、行ってみるか!」
手綱を引くまでもなくシルバーは駆け出していた。
その支道は細く、木々の枝葉が重なっていたので見つかりづらかった。
星の道標はこの道の奥で作動しているようだ。
僕とウーパーはシルバーから降りて、足音を忍ばせながら近づいた。
「そろそろだな。ちょっと待っていてくれ。ここからは俺一人で行ってくる」
「ダメ、僕も行くよ」
「それこそダメだ。セディーはここで待っていろ。俺が様子を探ってくる」
言い争っていると、白鳥星を指していた光の腺が小刻みに震え出した。
どういうわけか、点いたり消えたりを繰り返している。
「あれはどういうことだ?」
「星の道標を装着しながら激しく動いているのだと思う。クレアに何かあったのかもしれない!」
乱暴なんてされていないよね⁉
こっそりと様子をうかがっている時間はなさそうだ。
「くそ、行くぞ!」
小道を走って行くと奥の方に小さなあばら家が見えた。
「誰だ、てめえらは? 馬?」
「ぐわっ!」
見張りらしき二人の男をシルバーが問答無用で殴り倒した。
「だめだよ、シルバー。まだ誘拐犯だと断定できたわけじゃないんだから」
「ヒーン……(悪人面だから、つい……)」
「いや、シルバーの見当は間違っていないようだぞ」
扉を開けると痩せた初老の男がクレアから指輪を奪い取ろうとしている最中だった。
「それを寄こさんか!」
「放せ、クソジジイ! なにを奪われてもいい。だけど、この指輪だけは絶対に渡さないっ!」
あれはベルッカを追放されたアボーン・シャイロックじゃないか!
「シャイロック、お前が誘拐犯だったのか!」
「なに? ダンテス男爵!」
部屋の中ではシャイロックの他に五人の男がいた。
すでに外の騒ぎを聞きつけており、武器を手に戦闘態勢を敷いている。
その中の一人は剣先をクレアの喉元に突き付けた。
シャイロックは自分たちが優勢と判断したのか、次第に落ち着きを取り戻して不遜な態度がよみがえっていく。
「これは男爵、このようなあばら家へようこそ」
「セディー、来てくれたのね! 観念なさい悪党ども!」
「少し黙らんか、このバカ娘め!」
シャイロックはナイフを抜いてクレアの首に突き付けた。
これには、さすがのクレアも口をつぐんでしまう。
「アレクセイ兄さんへの意趣返しにクレアをさらったな。だがそれもここまでだ。クレアを解放してもらおう。この場でクレアを解放すれば僕は君たちを追わない」
アレクセイ兄さんは別だろうけどね。
「何をふざけたことを。ここで男爵の口を封じればいいだけのことではないか」
シャイロックの言葉を聞いてウーパーが僕をかばうように前に出た。
「おっと、こちらには人質がいることをお忘れなく。武器を捨ててもらおうか、大男」
シャイロックのナイフに力がこもった。
「剣を捨てて、ウーパー」
「だが……」
「大丈夫だから。剣を捨てて指で耳に栓をして」
「……わかった」
僕の策略を察したのだろう。
ウーパーは言われたとおりに剣を放り投げ、指を耳に突っ込んだ。
シルバーまでその場に座り込み、前足で耳を押さえている。
そのかっこうがかわいくて思わず吹き出しそうになってしまったよ。
だけどなんとか笑いをこらえて、僕は眠りのリコーダーを吹いた。
ドレミ ドレミ ソミレドレミレ♪
『チューリップ』のメロディーが響くと、その場にいた誰もがすぐさま眠りに落ちてしまった。
ウーパーもシルバーも、クレアもシャイロックも、悪党たちもみんな眠っている。
太り気味の誘拐犯は無呼吸症候群のようだな。
いびきをかきながらたびたび息が止まっているぞ。
心不全のリスクが高いから収監されたら規則正しい生活を心がけてほしいものだ。
僕はまず悪党たちの武器を回収した。
それからウーパーの体を揺する。
耳に指をつっこんでいたから、他の人よりは早く目覚めるはずだ。
「ぐへへへへ……」
妙な笑い声が聞こえたと思ったが、声の主はクレアだった。
なんて笑い方をするんだろうね……。
「げへっ、セディーったら。そんなに褒めてもなにもあげないわよ。仕方ないわね、頬にキスくらいさせてあげるわ。げへへっ……」
のんきなものだ。
大の字で床に転がっているクレアを見ながら、僕はウーパーの体を揺すり続けた。
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