第106話 ひと夏の思い出大作戦


 台風で壊れた個所の修繕がすべて完了した。

 魔導鉄道の線路に異常がなかったことは幸いだったよ。

 建物の被害も軽微で、ポイントを消費して治すことができた。

 この島には大工さんがいないので、これは領主である僕の仕事だ。

 畑も女神の鍬があったので修復は楽だった。

 さっそく、トマト、ズッキーニなどの夏野菜の種をまいたよ。

 寒暖の差はないはずなのに、ここでは高原野菜だって作ることができるのだ。

 セロリやレタスも育ててみるか。

 リンが美味しく調理してくれるだろう。


「さあ、今日の畑仕事はこれくらいにしておこう」


 シャルは今日も元気に手伝ってくれている。


「父上、お腹が空いたであります!」

「そうだね。レダスさんが持ってきてくれた卵でフレンチトーストを作ろうか」

「ふぉおおっ! フレンチトーストはシャルの大・大・大好物であります! うっ……」


 嬉しすぎて震えているのかな?

 シャルはプルプルと体を揺すっている。

 あれ? なんだか様子が変だぞ。


「シャル、どうしたの?」

「体が熱いであります……」

「まさか、病気? ノワルド先生を呼んでこないと」

「たぶん……ちがうであります……。脱皮の時期が近いのだと……」


 ドラゴンは定期的に脱皮をすると聞いたことがあるな。

 そういうときは活動が低下するらしい。

 じっとしていればやがて脱皮は終了するという話だ。


「とにかくコテージへ戻ろう。ベッドで寝ないとね」

「う、うまく歩けないであります」


 活動の低下がもう始まっているのだろう。


「僕が抱っこしてあげるよ。さあ、一緒に帰ろうね」


 シャルは嬉しそうに抱きついてきた。


「体や頭は痛くない?」

「平気であります。ただ、ちょっとうまく動けないであります。脱皮したら鱗をサンババーノにあげないといけないであります」


 そんな約束をしていたなあ。


「こんなときでも約束を覚えているなんて、シャルは偉いなあ」

「えへへ、父上は優しいであります」


 シャルを抱っこしたままコテージへ戻った。


 ***


 ここはベルッカにあるダンテス伯爵の屋敷である。

 長い廊下でこの屋敷の主とその娘が言い争っていた。


「この大バカ者がっ! なんど言ったらわかるのだ。セディーのところへ遊びに行くのは許さんっ!」

「お父さまの頑固者。石頭、老害!」

「ろ、老害?」


 クレアは屋敷を抜け出そうとして失敗したのだ。

 今週はこれで三回目である。

 愛しい男に会うことができず、クレアは思春期の怒りを爆発させている。


「放しなさい、セバスチャン! さもないと縛り首ですよっ!」

「お許しください、クレアお嬢さま。これもアレクセイさまのご命令なのです」

「キーッ!」

「ぎゃっ!」


 頬を引っかかれたセバスチャンはその場にしりもちをついてしまった。


「お嬢様を自室にお連れするのだ!」


 自室に軟禁されたクレアは机の前に座り、指にインクをにじませてプルプル震えていた。

 父アレクセイに叱られて反省文を書かされた?

 そうではない。

『私とセディー、ひと夏の思い出大作戦』

 表題にはそう書かれている。

 下手ではあるが太く力強い文字である。

 クレアはその出来栄えに満足していた。

 もうすぐ学校がはじまってしまうわ。

 その前にセディーと思い出をつくるんだからっ!

 だけど、セディーのところへ泊めてほしくても父アレクセイは許さないだろう。

 家出をして行っても、おそらくセディーも認めてはくれまい。

 セディーは照れ屋だから……、クレアはそう考えている。

 そこで今回の作戦である。

 クレアは大胆にも(愚かにも)偽装誘拐で同情を誘う作戦を計画した。

 人を雇って誘拐をでっちあげ、セディーに探してもらうのだ。

 いままでは上手に甘えられなかったけど、救出された瞬間ならセディーに抱きついても許されるだろう。

 この流れならセディーも優しくしてくれるにちがいない。

 きっと強く抱きしめ返してくれるはずよ。

 その瞬間に、私は告白するの。

 セディー、ずっと好きだった、って。

 セディーもきっと同じ気持ちでいるわね。

 態度を見ていればわかるもの。

 私のファーストキスをセディーに捧げる日は近い!


「おーほっほっ!」

 

 クレアは高笑いすると侍女のロッシェルを呼んだ。


「ロッシュル、明日はガンダルシア島へ行くわよ。荷物をまとめなさい」

「はい。ですが、伯爵が……」

「そんなことはどうでもいいの」

「ですが、内緒で出かけたら私がお叱りを受けてしまいます」

「首になりたいの⁉ いいから荷物をまとめなさい!」

「はあ……」


 目的遂行のためには情け容赦ないクレアだった。

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