第105話 ミス・チャーミーグリーンがやってきた


 夏も本番となり、暑い日が続いている。

 ビーチではかき氷が飛ぶように売れて、ケモンシーは大喜びしているようだ。

 冷たくて、美味しくて、値段も安いので大評判なのである。

 セルフでシロップをかけ放題にしたのがよかったのかな? 

 単に人手不足を補うためなんだけどね。

 海の家では給料制をやめて歩合制にした。

 ハーミンも借金が繰り上げ返済できそうだと張り切っている。

 お金はハーミンが管理しているのでケモンシーがギャンブルに使ってしまうこともないだろう。

 あまりに忙しいということで、今日は僕も海の家でお手伝いだ。


「いらっしゃいませ! かき氷はいかがですか!」

「ブルーガンダルシアを一つください」

「シロップはご自分でお願いします。はい、300クラウンです」


 この夏のいちばん人気はブルーガンダルシアだな。

 なんだかわからないけど美味しいと評判なのだ。

 おや、妙な女の人がいると思ったら、あれはクレアじゃないか。

 ウィッグにサングラス姿で、ちょっと大人っぽいサマードレスを着ているぞ。

 背中と胸元が大胆に開いているけど、子どもには似合わないなあ……。

 二の腕まで隠れる長い手袋をつけているけど、日に焼けたくないのかな?

 だったらビーチになんか来なければいいのに。

 それとも、あれも変装の一環だろうか?

 また屋敷を抜け出して遊びに来たに違いない。


「私にもブルーガンダルシアとやらを一つ……」

「なんでそんなかっこうをしているの、クレア?」

「ク、クレアじゃないわ。私はミス・チャーミーグリーンよ」


 手に優しそうな名前だけど、本人はちっとも優しくない。

 だってクレアは300クラウンのかき氷を買うのに10万クラウンの金貨を差し出してくるんだもん。

 こんなことをするのは世間知らずのお嬢様以外ありえないじゃないか。


「金貨でおつりがあるわけないだろう! こういう店でそんなものを出さないでよ」

「なんとかしなさいよ! セディーだって貴族の端くれでしょう!」

「ミス・チャーミーグリーンの設定はどこにいったんだよ? いろいろと雑すぎ!」

「うるさいわね。これしかないんだから仕方がないでしょう!」


 僕は金貨をしまうようにクレアを促した。


「仕方がない、叔父としてここは僕がご馳走するよ。だけど、これを食べたら家にもどった方がいい。僕はいま魔導鉄道のことでアレクセイ兄さんと揉めているからね」

「知らないわよ。私は私のやりたいようにやるの。兄弟喧嘩に私を巻き込まないでほしいわ。これでも苦労をしているのよ。私がセディーと遊んでいたと密告されたら、お父さまの機嫌が悪くなるのですからね」

「それで妙な変装をしてるの?」

「妙な変装ってなによっ! これは最新のファッションなの‼」

「それは失礼」


 クレアのセンスにはついていけないよ。


「いいからさっさと支度をなさい」

「なんの?」

「私と海で遊ぶ準備よ!」


 またわがままを……。


「見てわかるだろう? 僕は忙しいの。侍女のロッシェルさんだっけ? 彼女と遊べばいいだろう?」


 クレアの後ろにはロッシェルさんが所在なさげに立っている。

 この人もクレアに振り回されて大変だろうなあ。


「侍女と遊ぶなんて嫌よ!」

「わがままばかりだな。はい、かき氷。シロップは自分でかけるんだよ。ロッシェルさんもどうぞ」


 かき氷を渡すとロシェルさんは恐縮していた。


「そんな、いただけません……」

「こんなに暑いのだから遠慮しないで食べてください。いつも姪が迷惑をおかけしてすみません」

「私は迷惑なんてかけてないっ!」

「はいはい、わかったよ。僕はもう行くから」

「どこへ行くの?」

「登山道の整備をしなければならないんだ」


 山頂への道はできたけど、張り出した枝の伐採や、崩れやすそうな場所の補強が必要なのだ。

 海の家のお客さんは少なくなってきたから、そろそろ行かなければならない。


「だったら私もつき合うわ」

「危ないからダメ。クレアはここでかき氷でも食べていなさい」

「セディーのくせに偉そうに言わないで! ロッシェル、私はセディーを手伝ってくるわ。あなたはここで休んでいなさい」


 クレアは自分の分のかき氷をロッシェルさんに押し付けてしまった。


「勘弁してくれよ。新しくできたファミリー牧場でも行ってきなって」

「さっき、ちらっと見てきたわ」

「レダスさんを見た? 優しそうな人でしょう。子どもやお母さんに大人気なんだ」

「ふん、あんなの興味ないわ」


 どんな動物にも懐かれるレダスさんも、クレアが相手ではダメか。

 あのシルバーでさえ懐いたのになあ。


「私にとってはセディーの方がマシよ……」

「そうなの?」

「べ、べつにセディーの方がカッコイイって言ってるわけじゃないからねっ! ただマシだって言っているだけだから!」

「はいはい、そんなに念を押さなくてもいいよ」


 荷物をまとめて行こうとすると、クレアはやっぱりついてきた。


「本気で手伝ってくれるの?」

「べつにセディーのためじゃないわ。私の有能さを証明するためよ」

「ふーん……」


 先日はリンゴの収穫も手伝ってくれたっけ……。


「クレア、十三歳になって性格がまるくなった?」

「人をおばあちゃんみたいに言わないで!」

「褒めているんだよ。むかしは意地悪ばっかりだったけど、最近のクレアは優しいね」

「っ! ……いくわよ。ついてらっしゃい」


 クレアは僕の前に立ってずんずん歩き出した。



 貴族の子どもは小さなころから魔法の訓練を欠かさない。

 それはクレアも同じなので、彼女も魔法が使える。

 同じ血縁でも使える魔法の属性は人それぞれだ。

 僕は火炎魔法が得意だけど、クレアが得意なのは風魔法だし、アレクセイ兄さんは土魔法、ポール兄さんはクレアと同じ風魔法の使い手だ。


「ウィンドカッタァア!」


 クレアは得意の風魔法で登山道に張り出した枝をどんどん切断してくれた。

 魔法を使うたびにへんてこな決めポーズをしているけど、仕事は丁寧だ。


「どうよ、私のウィンドカッターは?」

「クレアもやるでありますね!」


 整備を手伝ってくれているシャルが小さな手で拍手している。


「そうでしょう? セディーもなんとか言ったらどうなの?」

「ありがとう。とても助かるよ」

「…………」


 なんだよ……。

 素直に褒めたのに睨みつけられてしまった。

 クレアはそっぽを向いて、ハンカチで額の汗をぬぐった。


「ふぅ……、暑いわね」


 木陰に入って長い手袋も脱いでいく。


「あれ、誕生日プレゼントの指輪をつけてくれていたんだ」


 クレアの指で光っているのは大粒のガンダルシア真珠である。


「こ、これは……セディーの顔を立てるため、特別につけてきたの! 普段は引き出しの奥に眠っているけどね」


 そんなことだと思ったよ。


「星の道標は壊れてない? 正常に機能するかな?」

「ええ、毎晩使っているけど、ちゃんと白鳥座をさしているわ」

「毎晩?」

「ちょっと面白いから使っているだけ! すぐに飽きるわよっ!」


 こんな態度をとっているけど、気に入ってくれたのかもしれないな。

 もしそうなら、贈った甲斐があったというものだ。

 一息ついたところで僕らはコテージへ戻った。


 コテージの前では意外な人物が僕を待っていた。

 アレクセイ兄さんである。

 クレアを探してここまでやってきたのだろうか?


「よぉ、セディー。魔導鉄道についての新しい妥協案を持ってきたんだ。二人で検討しようじゃないか」


 あれだけ言ったのにまだ妥協案を諦めていなかったのか……。

 勝手にコテージに入ろうとしたアレクセイ兄さんが僕の後ろで固まっていたクレアに気がついた。

 あーあ、怒りを爆発させるのかなあ?

 と思ったのだけど、アレクセイ兄さんは肘で僕の脇腹をつついた。


「お前の恋人か?」


 兄さんの娘ですよ!

 本当に気がついていないの?

 こんなへんてこな変装で自分の娘に気がつかないなんて……。

 兄さんはニヤニヤと笑いながらクレアを見ていたけど、急に真面目な顔を作って分別臭いことを言い出した。


「お前もすみに置けないな。だが、本気で付き合うのなら家柄を選ぶようにするのだぞ。セディーだってダンテス一族の一人なのだからな」

「いや、本当に気づいていないのですか? クレアですよ」

「なん……だと……?」


 アレクセイ兄さんの目が大きく見開かれた。

 つかつかとクレアに近寄り、ウィッグやサングラスをむしり取っていく。


「クレア、どうしてお前がここにいるのだ!」

「セディー叔父さまのところへ遊びに来ただけよ」

「私の許可も取らずにか?」

「私はもう大人よ! ごちゃごちゃいわないで!」

「十三歳は大人とは言わん!」


 いやいや、兄さん。

 あなたは十二歳の僕に対して、もう一人前だからと屋敷を追い出したじゃないですか!

 同じ口から出るセリフかね?

 まあ、腹違いの弟と実の娘では扱いが違うか……。


「今日はもう帰るぞ。来い、クレア!」

「ちょっと、ひっぱらないでくださいっ!」


 クレアと兄さんは罵り合いながら馬車に乗り込んでいく。

 おや、二人がそろって窓から顔を出したぞ。


「また来てあげるわ!」

「また来るからなっ!」


 こうして見ると二人はよく似ているなあ……。

 だけど、最近のクレアは前よりも優しくなった気がするぞ。

 さすがに常識が身についたのかな?

 とにかく騒々しい一日だった。

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