第104話 優しい人


 ガンダルシア島に戻ってくるとちょうど夜が明けるところだった。

 やっぱり朝日はいいなあ。

 レダスさんもまぶしそうに目を細めて笑顔になっている。

 太陽をみるのは久しぶりなのだろう。


「レダスさん、島を案内する前に少し用事をすませるよ」


 まずは転送機の設定をいじって夜の女王が来られないようにブロックしないとね。

 今ごろレダスさんが夜の島を脱出したことを知って、叫び声をあげているかもしれないぞ。


「これで夜の女王がガンダルシア島に来ることはできなくなったよ」


 そう伝えるとレダスさんもほっとした顔になっていた。


「まずはオーベルジュへ行こう。朝ご飯を食べて、少し休まないとね」


 一晩中動いていたので僕もレダスさんもクタクタだったのだ。

 オーベルジュに到着すると、中に入る前に2ポイントを使って池を作った。

 これはアルゴにもらった錦鯉を放すための池である。

 せっかくだから蓮の花で池を飾ってみようかな。

 明るいピンク色の蓮の間を泳ぐ錦鯉は実に美しい。

 オーベルジュに来るお客さんも喜んでくれるだろう。


「ここで元気に暮らすのですよ」


 レダスさんが話しかけると錦鯉たちは水面から顔を出して、返事をするように口をパクパクしている。


「鯉の言葉がわかるの?」

「鯉に言葉はありません。ただ、気持ちはなんとなく伝わってきます。新しい池が気に入ったみたいですよ」


 そのように教えてもらって、池を作った僕も嬉しかった。



 食堂へ入っていくとシャルとウーパーが飛び上がって抱きついてきた。


「心配をかけたね。でも、僕はこのとおり元気だよ」


 僕は夜の島であったことを二人に説明した。


「またファー・ジャルグが悪さをしたでありますか? 今度こそシャルがおひげをむしってやるであります!」

「まあまあ。でも、ファー・ジャルグには釘を刺しておかないとならないね。それよりも二人に島の新しい仲間を紹介するよ。こちらはレダスさん。レダスさんにはファミリー牧場の管理人をしてもらうからね」


 ウーパーはレダスさんと握手をしながらまたもや心配している。


「こんな優しそうな人で大丈夫か? ルシオや他の動物はともかく、シルバーの世話もまかせるんだろう?」

「あ、そうだった……」


 シルバーは難しい馬だからなあ。

 調子に乗ると鼻で背中を小突いていたずらをしたりするのだ。

 だけど、僕らの心配はまったくの杞憂だった。

 なぜなら、シルバーは秒でレダスさんにデレたからだ。

 もうね、こちらが呆れてしまうほどだよ。

 人を乗せるのが大嫌いなくせに、レダスさんだけはやたらと乗せたがるのだ。

 乗りやすいように姿勢を低くして騎乗を促すほどなんだよ。

 やっぱりレダスさんには動物に対する特別な力があるようだ。


 動物と触れ合えるファミリー牧場は、それほど人気にはならなかった。

 家族連れに受けると思ったんだけどなあ。

 でも前世の日本と違って、この世界で家畜は人々にとって身近な存在なのだ。

 ヤギや鶏なんてたくさんいるからね。

 それをわざわざガンダルシア島まで見に来ることはないだろう。

 ただ、動物たちの世話をレダスさんがするようになって僕は助かっている。

 おかげで自分の時間が増えた。

 それに動物たちも生き生きしている。

 シルバーやルシオの毛づやがよくなったし、ヤギの乳は増えたし、鶏が生む卵は大きくなった。

 きっとこれもレダスさん効果に違いない。

 動物たちはレダスさんが大好きだ。

 島の鳥やウサギやリスまでファミリー牧場に集まってくるほどだった。


 後日、ファー・ジャルグに文句を言いに洞窟へ行った。

 今回のことで僕は腹を立てている。

 騙されたとはいえ、もう少しで誘拐の片棒を担ぐところだったのだ。

 

「何が可哀そうなご婦人だよ。夜の女王の方こそ人さらいじゃないか!」

「な、なんのことかなぁ……」


 誤魔化そうとしたってそうはいかないぞ。


「二人して僕を騙そうとしたんだな」

「違う! 俺だって詳しい事情は知らなかったんだ。ただ、困っているから助けてくれと言われただけさ」

「本当に?」

「もちろんだ。親切でやったことなんだよ。見返りだってもらっていない」

「それは嘘だね。夜の女王の館にはたくさんの絵がならんでいたよ。しかも贋作ばかり」

「うぐっ!」


 おや、ファー・ジャルグはずいぶんと慌てているな。

 ひょっとして贋作を本物と偽って売ったのかもしれない。


「夜の女王にバラしちゃおうかなあ……」

「待ってくれ! いやさ、待ってください男爵様!」


 出た、ファー・ジャルグの態度百八十度転換。


「詳細を知らなかったのは本当なんです。ただ、協力してくれれば絵を買ってくれるっていうんで、男爵を紹介しただけなんですよ。これは本当です、誓ってもいい。だから、夜の女王にあの絵が偽物だというのだけはバラさないでください!」

「じゃあ、この件で二度と僕やレダスさんに迷惑をかけないで。誓える?」


 ファー・ジャルグは胸に手を置いて宣誓した。


「ファー・ジャルグはレダスさん誘拐に二度と関わりません! 夜の女王に協力してダンテス男爵を困らせることは絶対にいたしません! 誓います」


 妖精は誓いを破れないから、これで一安心だね。

 ファー・ジャルグはヘコヘコと頭を下げながら、壁の絵を外した。


「こちらの名画をお持ちください。ほんのお詫びの気持ちです」


 ファー・ジャルグが渡してきたのは『牛乳を注ぐ人』というタイトルの絵画だ。


「これも偽物じゃないか! 本物なら、こんなにミルクの量は多くないよ」

「チッ!」

「舌打ちしない!」

「ヒエッ!」


 この件に関しては迷惑をかけないと誓ったけど、反省はしていなさそうなファー・ジャルグであった。

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