第103話 脱出


 馬車がゆっくり進むので僕は少しだけイライラしていた。

 だけど、これは僕が悪い。

 揺れがひどいから、そうするようにゴーレムへ命じたのは僕だ。

 だけど、帰りはそう悠長なことは言っていられないぞ。

 アルゴが目を覚まして追いかけてくるかもしれないのだから。


「先に出した命令は撤回するよ。もう少しスピードを上げて」

「…………」


 ゴーレムはやっぱり無言だったけど、馬車のスピードは上がった。


「痛っ!」


 スピードが上がったのはいいけど、今度はお尻が痛くなってきたぞ。

 馬車は勢いよく上下運動をするので僕の体もぴょんぴょん飛び跳ねている状態だ。

 後ろで寝ているレダスさんも体中を打ち付けている。

 あざなどがつかないといいけど、これは不可抗力だ。


「うっ……、ううっ……」


 あれ、レダスさんが起きたかな?

 全身の痛みに目を覚ましてしまったのだな。

 僕は馬車を停めて、レダスさんのところへ近寄った。


「大丈夫ですか?」

「あれ、ここは……?」


 レダスさんはぼんやりと周囲を見回している。


「僕はセディー・ダンテス。夜の女王の依頼であなたを助けにきたのです」

「え?」


 レダスさんは不思議そうな顔で僕を見つめた。


「どういうことでしょうか? 夜の女王に囚われていた私を助けてくれたのがアルゴですよ」

「なんですって⁉」

「私は漂流してこの島にやってきたのです。そこで夜の女王に助けられました。そのことには感謝しています。けれども、私が故郷へ帰りたいと言っても夜の女王は許してくれませんでした。島を閉鎖して私に結婚を迫ってきたのです」


 恋人でもなんでもないじゃないか!


「それで、どうなりました?」

「私は拒みました。結婚なんて考えたこともありませんから。夜の女王は怒って、配下のゴーレム兵たちを使って私を監禁してしまったのです」


 やっぱりゴーレムの使用人がいたんだな。


「そんな私を哀れに思ったのが巨人のアルゴです。アルゴは窓の鉄格子を壊して私を逃がしてくれました。アルゴはとても強力なので、夜の女王も手出しができなかったのです。私はアルゴの助けを借りて脱出用のイカダを作っている最中でした」

「イカダで海を渡る気だったの?」

「夜の女王に捕まるよりはマシなので……」


 僕はすっかり騙されていたんだな。

 ひょっとしてファー・ジャルグもグルか?

 深海の笛を使えばアルゴだけじゃなくレダスさんも寝てしまう。

 寝たまんま連れ帰れば万事うまくいく、そこまで考えたのだろう。

 だけど、島の道を整備しておかなかったのが夜の女王の失敗だったわけだ。


「ごめんなさい、僕は騙されていました」

「よいのですよ」


 レダスさんは優しく微笑んでくれた。

 この人といると安らいだ気持ちになるなあ。

 ほんわかとあたたかくて優しい波動のようなものを感じるのだ。


「セディーさん、アルゴのところへ戻ってもらえないでしょうか?」

「わかりました。迷惑をかけてごめんなさい」


 ゴーレムの製法なんてどうでもいいや。

 レダスさんを夜の女王から守らないと。

 馬車を走らせてアルゴの岩屋へ戻った。


 岩屋へ戻るとアルゴはまだ寝息を立てていた。

 百ある目はどれも閉じたままだ。


「アルゴ、起きて。アルゴ」


 レダスさんが優しくアルゴの体を揺すっている。

 しばらくそうしていたら、ついにアルゴの頭頂部にある目が開いた。


「アルゴ、話があるんだ。起きて」

「うーん、生まれて初めてぐっすり眠った気がするぞ……」


 アルゴは大きく伸びをして次々に目を開いていく。

 そして、すぐ僕に気がついた。


「お前は誰だ? 初めて見る顔だ」

「こんばんは、ガンダルシア島のセディー・ダンテスです」


 僕はこれまでのいきさつをアルゴに説明した。


「ようするに、君は夜の魔女に騙されてレダスを連れ戻しに来たんだね」

「そうなります。面目次第もありません」

「いや、悪いのは夜の魔女だ。あまり恐縮するな」


 そう言われても、ファー・ジャルグと夜の魔女をまったく疑わなかった自分に腹が立つよ。


「それじゃあ、僕はガンダルシア島へ帰ります」

「帰るというと、船があるのですか?」


 レダスさんが期待に満ちた目で僕を見つめた。

 きっと自分の故郷に送ってもらいたいのだろう。


「そうではないのです。実は転送機というものがありましてね」

「ああ、草原にあるあの箱のことか」

「アルゴさんは知っているのですね」

「普通の人間には見えないが、百の目を持つ俺には見えるんだよ。もっともあれが使えるのは夜の女王だけだがな」

「その点は心配ありません。僕も使えますから」


 アルゴは腕を組んで考え込んだ。


「だったらレダスも君の島に連れて行ってやれないかな? いつまた夜の女王が小細工を弄するとも限らん。そっちにいた方が安全だろう」


 夜の女王はゴーレムを作ることができるからなあ……。


「私からもお願いします。連れて行ってください」

「レダスさんはそれでいいの? 故郷からさらに離れてしまうかもしれないんだよ」

「かまいません。私がいなくなれば夜の女王の心も落ち着くでしょう」


 監禁されたりしたのに、レダスさんはそれほど夜の女王を恨んでいないようだ。

 やっぱり優しい人なんだな。


「ところで、レダスさんの故郷はどこ?」

「僕はプリムラ王国です。概要貿易船に乗っていて遭難して夜の島に漂着しました」

「プリムラって、ものすごく北にある国だね。定期便は出ていないと思うよ」

「故郷に戻ることは半分諦めています。できたらセディーさんの島で働かせてもらえないでしょうか? 私は動物の世話が得意です」


 その瞬間、ステータス画面が開いた。


 作製可能なもの:ファミリー牧場

 解放条件:博愛の心を持った従業員の獲得

 説明:動物とふれあうことができる小さな牧場です。

 必要ポイント:10


 レダスさんのような人なら大歓迎だ。


「これから小さな牧場を作る予定なんです。そこで働いていただけますか?」

「よろこんで」


 ひとつだけ夜の女王に感謝しなければならないことがある。

 ガンダルシア島の転送機はレベル1だけど、ここの転送機はレベル4だったのだ。

 つまり四人まで同行者を転送することが可能になる。

 きっと夜の女王が他所の島へ行くときにお付きのゴーレムを連れていくためだろう。

 僕らはアルゴに見送られて夜の島の転送機のところまで来た。

 アルゴはレダスさんとの別れをすませて僕の方を向いた。


「セディー・ダンテス、これを持っていけ」


 渡されたのは大きな袋に入った四匹の錦鯉である。

 ガンダルシア島でも錦鯉はみないなあ。


「こんなめずらしい魚をもらってもいいの?」

「夜の島にはたくさんいるのだ。金銀宝石もたくさん取れる。ここへ来た記念に魚くらい持ち帰ってもバチはあたらないだろう」

「ありがとう、アルゴ。さっそく池で飼ってみるよ」


 山の上の同じ場所にレモン色の月がかかっている。

 財宝がザクザクとれる島であっても、僕は朝がくる島の方が好きだ。

 草原にたたずむ優しい巨人に手を振って、僕は転送ボタンを押した。

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