第102話 救出せよ!


 夜の女王に教えられた道を荷馬車で進んだ。

 宝石を埋め込んだ黄色のレンガの道は、三百メートルもいかないうちに未舗装のダートになってしまった。

 周囲の環境もあまりよろしくない。

 草はぼうぼうだし、道に横枝ははみ出しているしで、非常に進みづらいのだ。

 大きな石もそのままなのでさっきから馬車は上下に揺れっぱなしである。

 おかげでお尻が痛くなってきたよ。


「なるべく石を避けて歩いてよ」

「…………」


 ゴーレムは返事をしなかったけど、歩みが少しゆっくりになり、車輪が石をかまないように気を付けだした。

 こちらの言うことがわかるなんて、なかなか賢いんだな。

 やがて道は暗い森の中へと入った。

 月の光が届かないので森の中は真っ暗だ。

 たまにフクロウの鳴き声と虫の音が聞えている。

 さすがに怖くなり、僕は深海の笛を取り出した。

 たとえ闇の中に悪者がひそんでいたとしても、深海の笛を吹きながら行けばみんな眠ってしまうだろう。

 

 ミソソソ♩ ファラララ♪ シシシラシ ドレミ♪


 僕は陽気な『茶色の小瓶』を吹き出した。

 するとどうだろう。

 それまで聞こえていたフクロウの声や虫の音はピタリと止んでしまったではないか。

 動いているのはゴーレムと僕だけに違いない。

 静寂に包まれた森の中を荷馬車はガタゴトと音を立てて進んだ。


 一時間半ほど経過して森が切れた。

 視界が開けると同時に、月明かりに照らされた岩山が正面に見えた。

 きっとあれがアルゴの住処に違いない。

 しばらく進んでから僕は馬車を停めた。


「いいかい、僕が戻ってくるまでここで待っているんだ。動いたらダメだからね」

「…………」


 やっぱりゴーレムの返事はなかったけど、命令は通じているようだ。

 その場にとどまり、身動き一つしていない。

 よし、それじゃあアルゴの洞窟を探ってみるとしよう。

 僕は足音を忍ばせて洞窟の方へ近づいていった。

 

 じっさいに見てみると、アルゴの住処は洞窟というより岩屋という感じだった。

 岩をくりぬいた住居で、前面には扉や窓もついている。

 てっきりガンダルシア島にある洞窟と同じようなものを想像していたけどちがっていたよ。

 岩屋の前には様々な道具もあり、僕の予想より文明的だった。

 時刻はもう深夜だけど、窓からは灯火の光が漏れている。

 雨戸の隙間からのぞいてみると身長が3メートル以上ありそうな人が椅子に座って本を読んでいた。

 身に着けているのはボクサータイプのトランクスみたいな服だけで、残りは肌がむき出しになっている。

 百の目があるという話だったが、それはそのとおりで、顔にある二つの目の他に、頭、額、頬、肩、腕、手、背中、臀部、脚、足、とびっしり目が並んでいた。

 今は顔の両眼は閉じられていて、胸の目で本を読んでいるようだ。

 巨人と聞いていたから、てっきり高い壁を乗り越えて来襲するような大きなのを想像していたのだけど、せいぜい四メートルくらいの男だった。

 これも前世の影響か……。

 顔も予想よりはずっと怖くなく、むしろ知的な感じさえする。

 見える範囲にレダスさんらしき人はいないけど、探すのはアルゴを眠らせてからでいいだろう。

 僕は深海の笛を取り出した。

 あれ? いざ吹こうとしたら手足が震えてきたぞ。

 もし、アルゴが完全に眠り切る前に見つかったら、僕も捕まってしまうかもしれない。

 そう考えると怖くなってきたのだ。

 なるべく震えないように岩壁にピタリと体をつけて、僕は吹き始めた。


 ソドシドレラレ♪ ドシラシド♪


 僕のレパートリーの中でもいちばん静かな『オーラリー』だ。

 吹きながら覗いてみるとアルゴの目がどんどん閉じられていくぞ。

 頭部はもうすべて閉じているようだ。

 笛の音を不思議がり、僕を探しに来るかと思ったけど、アルゴはうっとりと聞きほれている。

 やがて『オーラリー』を吹き終わったので『故郷』などを続けて吹いた。

 アルゴの目は次々と閉じられていき、残るは額にあるひとつだけである。

 よーし、とどめはいちばん得意なこの曲だ。

 くらえ、『かえるのうた』!


 ドドレレミミファファミ・レ・ド♪


 アルゴの目はすべて閉じられ、深い眠りに落ちたようだ。

 スースーと深い寝息まで聞こえてくる。

 よしよし、上手くいったな。

 ちなみに『かえるのうた』の歌詞の最期の部分は、地方によって微妙に違うらしい。

 僕は『ゲロゲロゲロゲロ グワッ グワッ グワッ』と習ったけどね。

『ゲロゲロゲロゲロ グワッグワッグワ』とか『ケケケケケケケケ クワクワクワ』なんていうのもあるそうだ。

 扉に鍵はかかっていなかったので、僕は苦労することなく室内に入ることができた。

 アルゴはテーブルに突っ伏してよく寝ている。

 あと数時間は起きないだろう。

 岩屋の奥の方に扉があった。

 そこは寝室で一人の青年が眠っていた。

 きっとこの人がレダスさんだろう。

 年齢は二十代半ばくらいかな?

 夜の女王が「美しいレダス」というだけあって端整な顔立ちをした人だった。

 色が白く、華奢で、中性的な美しさを持っている。

 とても優しそうな人である。

 なるほど夜の女王がご執心のわけだ。

 だけど、この人と夜の女王が恋人同士?

 違和感を覚えるなあ……。

 まあ、人の好みはそれぞれだし、年齢差だって関係ないかもしれないけど、それにしたって不釣り合いに思える。

 とはいえ、僕は恋なんてよくわからない未成熟な子どもだもんな。

 その手の記憶は前世のものもないからね。

 え、ひょっとして恋人いない歴=前世からの年齢⁉

 ……深く考えるのはやめておくか。

 それよりもレダスさんを運ばなきゃ。

 馬車のところまで戻り、今度は岩屋の前に横付けした。

 心配したけどアルゴはまだ眠ったままだ。

 見た目どおりレダスさんは軽かったけど、力の入っていない人間を運ぶのは非常に骨が折れる。

 ズリズリと床を引きずって運ぶのだけど、レダスさんはいっこうに目を覚ます気配がない。

 それくらい深海の笛の力がすごいのだろう。

 苦労してレダスさんを馬車の荷台にあげると、その場に座り込んでしまうほうどへとへとになってしまった。

 だけど僕に休んでいる暇はない。

 呼吸を整えて、念のためにもう一曲だけ笛を吹いてから岩屋を離れた。

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