第101話 夜の女王
夜の女王は荒い息を吐きながら僕の袖をつかんだ。
「一刻も早くレダスを連れてきてちょうだい! この島にあるものならなんだってあげるわ。金でも宝石でも好きなだけ持っていきなさい!」
夜の島はそういったものがたくさん産出されるところなのだな。
アイランド・ツクールでもそのような設定の島があった気がする。
めったに行くことはできなかったけどね。
だけど、女王はどうやってそれを採掘しているのだろう?
館へ来る途中に民家は一つもなく、人間の姿は一度も見ていない。
まさか、この女王が採掘をしている?
夜の女王がツルハシを持つ姿なんて想像できないなあ……。
今は見えないだけで、きっとどこかに住人がいるのだろう。
「レダスさんはアルゴという巨人に連れ去られたんですよね?」
「そうよ。美しいレダスを見て横恋慕したに違いないんだわ!」
「わかりました。きっと救出するのでレダスさんがどこにいるのか教えてください」
「そうね、じゃあ具体的な作戦を説明するわ」
夜の女王はいくぶん落ち着きを取り戻して話し始めた。
「アルゴはこの島の反対側にある岩山の洞窟に住んでいるわ」
「ここからどれくらいの距離ですか?」
「10キロはあるわね」
そこそこ遠いな。
徒歩なら二時間くらいかかりそうだ。
「レダスさんもそこにいるのですね」
「そうよ。ところで深海の笛は持ってきたかしら?」
「もちろんです。笛がなければレダスさんを取り戻すことはできませんから」
深海の笛はベルトに差して腰の後ろにしまってある。
「洞窟は穴だらけだから、そっと近づいて笛を吹けばアルゴの耳にも届くはずよ。でも気を付けて。アルゴは全身に百の目を持つ怪物よ。完全に眠らせるには時間がかかると思うわ」
この笛の音を聞けば、普通の人間なら五秒くらい、シャルだって十秒もあれば眠ってしまう。
ただ、シャルの目が二つに対してアルゴは百の目を持つ。
単純に五十倍して五百秒吹けば、アルゴも眠ってしまうかな?
五百秒というと、八分二十秒か。
念のために十分吹くとしても、かなりの労力だ。
体力というより、僕のレパートリーに問題がある。
まあ、同じ曲を吹いてもいいんだけどね。
「問題が二つあります」
「聞かせてもらうわ」
「まず、僕がレダスさんを連れ戻したとしても、アルゴが再び襲来するかもしれませんよ」
「ふん、この館の防衛設備を強化したわ。やつが突破するのは不可能よ」
女王は自信満々のようだから僕が心配する必要もなさそうだ。
「もう一つの問題です。アルゴを眠らせることはできるでしょうけど、それをやるとレダスさんも深い眠りに落ちてしまいます。そうなると連れ帰るのが困難です」
おそらく、レダスさんよりアルゴの方が目を覚ますのが先じゃないかな?
怒って追いかけられたら大変だぞ。
アルゴに追いつかれる前に防衛圏内に入らないと。
「眠ったまま連れて来ればいいじゃない」
「そうは言われましても……」
僕はまだ十三歳の少年だぞ。
成人男性を背負って10キロの道のりを歩くのは不可能だ。
「そのことならちゃんと考えてあるわ。うちの馬を使えばいいのよ」
厩舎は見当たらないし、気配も感じなかったけど、馬がいたのか。
僕の体力でも荷馬車までくらいならレダスさんを運ぶことができるだろう。
だけど、すべての問題が解決されたわけじゃない。
「馬はありがたいのですが、笛の音を聞いたら馬だって寝てしまうかもしれません」
「大丈夫よ、うちの馬は寝ないから。裏口に用意しておいたからそれに乗っていってきなさい。本当は私が一緒に行ければいいんだけどねえ……」
それは無理だろう。
だって、夜の女王は少し歩いただけで息切れを起こしているんだもん。
救出ミッションについてこられても、足手まといにしかならなさそうだった。
寝ない馬とはどういうことだろう?
半信半疑で裏口に回ったが、その馬を一目見て僕は納得した。
そこにいたのは馬型のゴーレムだったのだ。
クロームメッキを施されたように、全身が銀色に輝いている。
これなら深海の笛でも寝かせることはできないかもしれないな。
どれ、試しに一曲吹いてみるか。
ソラソドソラソ♩ しらべはアマリリス♩
おお、本当に眠らないぞ!
音は聞こえているようだけどゴーレムの馬はこちらをチラッと見ただけで、金属の蹄で地面をかいている。
これなら洞窟の近くまで乗っていけそうだ。
こんな馬がいるなんて知らなかったな。
館に人の気配はなかったけど、夜の女王を世話するゴーレムたちがいたのかもしれないな。
だって、夜の女王はどうみても運動不足だ。
こんな広い館の維持は不可能だよ。
でも、館は隅々まで清潔だった。
ロボット掃除機だってああはいかないと思う。
きっとたくさんのゴーレムが働いているのだろう。
レダスさんを助けたら、なんでもくれると言っていたよね。
もし可能なら、ゴーレムについての知識を授けてほしいな。
本でももらえればノワルド先生へのいいお土産になるぞ。
僕は馬車に乗り込み、巨人アルゴが住むという洞窟へ出発した。
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