第100話 転送機


 登山道を設置した。

 登山口は洞窟のすぐわきで、つづら折りの細い山道が山頂へ向かって伸びている。


「よし、行くとするか」


 大剣を担いだウーパーが先頭を歩き出した。

 その後をシャルが続く。


「ウーパーは本当についてくるの?」

「当たり前だ。セディーは怪物退治にいくんだろう? 護衛の俺がいかないでどうする?」

「いやいや、アルゴをやっつけるわけじゃなく、誘拐された人を救出するだけだよ。それとウーパーは護衛じゃなくてオーベルジュの支配人だろ?」

「細かいことはいいじゃないか。それに今日は宿泊客もいないんだ。リンにだって許可は取ってあるから気にするなよ」

「そうでありますよ、父上。みんなで楽しく誘拐犯をやっつけるであります!」


 アルゴを眠らせて、囚われの青年を救出するだけなんだけどなあ。


 ずんずん歩いていくと四十分ほどで山頂についた。

 転送機を使うのも楽じゃないな。

 レベルを上げると登山道にロープウェイなどもつけられるのだが、それなりの資金がいる。

 観光客もそれほど多くないし、投下資本の回収には相当な期間がかかりそうなのでやめておくか。

 よその島へ行く機会だってそれほど多くはないのだ。

 今は額に汗して頑張るとしよう。


 ガンダルシア山の山頂に木は茂っておらず、視界は開けていた。

 ここからだとルボンやベルッカ、ポリマーの街でさえよく見える。

 魔導鉄道がこの三つの街を繋ぐようになれば便利になるんだろうなあ。

 とはいえ、いちばんの障害はアレクセイ兄さんだから、それはまだまだ先のことだろう。

 そんなことを考えながら、僕は転送機に近寄った。

 転送機は山頂にあるわずかな平地の端っこに置かれている。

 といっても、それほど大仰なものじゃない。

 ホテルとかに置かれている小型の冷蔵庫ってあるじゃない?

 大きさはそれくらいだ。

 形状も似た感じの直方体でそれぞれの角に飾りの浮き彫りが施されている。

 アイランド・ツクールに出てきたものとまるっきり同じだから、使い方も一緒だろう。


「セディー、転送機というのはどこにあるんだ? それらしいものはないみたいだが……」

「なーんにもないであります」

「え、二人にはこれが見えないの?」


 前にも似たようなことがあったけど、二人には転送機が見えていないようだ。

 きっと島の主である僕にしか見えないものなんだな。


「転送機は僕の目の前にあるよ。ちゃんと動くか確認してみるね」


 転送機の上面をタッチすると文字列が浮かび上がった。

 まずは行きたい島を検索する。

 キーボードで『夜の島』と打ち込むと、すぐに対象が選択された。

 よし、僕の転送許可は下りているな。

 転送機は双方の了承がないと行き来はできない。

 きっとファー・ジャルグが僕のことを夜の女王に伝えたのだろう。

 向こうの受け入れ態勢は整っているぞ。

 あとは転送ボタンを押すだけで夜の島へ行けるはずだ。


「準備ができたよ。二人とも僕の近くにいてね」

「おう、いつでもいいぜ!」

「いくであります」


 三人が密着した状態で転送ボタンを押した。



 その島は夜だった。

 正面の山の上にレモン色の月が輝いているので周囲はよく見える。

 ひょっとしたら名前のとおりここは昼間のない島なのかもしれない。


「シャル、ウーパー、大丈夫? ……え?」


 周囲を見回したけど二人はいなかった。

 薄暗い平原にいるのは僕一人である。

 あれ、あの転送機は一人用だっけ?

 ガンダルシア島に残された二人は心配しているだろうからいったん戻るとしよう。


 突然姿を現した僕を見て、二人は胸をなでおろしていた。

 特に心配症のウーパーは泣きそうな顔になっている。

 普通にしていればダンディーな支配人なんだけどなあ。


「セディー、どこに行っていたんだ⁉ けがはないか? お腹は平気か? 変なことをされていないだろうな⁉」

「誰にも何もされていないよ。急にいなくなってごめんね」


 僕は転送機を確認した。

 やっぱりそうだ。

 ここの転送機はレベル1。

 アップグレードすれば複数の人を転送することもできるのだけど、現在のレベルでは一人しか無理のみたいだ。

 アップグレードにかかる費用は50ポイントと17万クラウンか……。

 現金はあるけど、ポイントが足りていない。


「夜の島に行けるのは一人だけみたい。だから僕が行ってくるよ」

「ダメだ!」

「シャルも一緒に行きたいであります!」

「そんなことを言われても、二人を転送するのは無理なんだって。だからといってこのまま見過ごしにしては夜の女王が可哀そうでしょう?」

「それは、そうだが……」


 ウーパーはまだ不満そうである。


「深海の笛があれば大丈夫だよ。それじゃあ行ってくるね」


 二人がごねだす前に僕はもういちど転送ボタンを押した。



 再び夜の島である。

 あれから少し時間が経ったというのに、山の上の月は動いていないような気がする。

 やっぱり、ここはずっと夜なのだろう。

 周囲をよく観察すると小さな立て看板を見つけた。

 板の周囲に薔薇の花が描かれ、中心には『夜の女王の館 ↑』と書かれている。

 この案内にしたがっていけばいいのだろう。

 しばらく歩くと、丘の上に大きな館が見えてきた。

 それにつれて道路などの環境も整いはじめている。

 ずいぶんと、お金のかかった島だなあ。

 道のレンガには宝石が埋め込まれているし、街灯には金メッキがなされているぞ。

 あれは本物だろうか?

 いくらなんでも金むくということはないよね?

 アイランド・ツクールでは金鉱石がたくさん取れる島もあったから、可能性はゼロではない。

 成金趣味で少々品位に欠ける気がするけど、その迫力たるや相当のものだ。

 これで太陽が出ていたら、まぶしくて目を開けていられなかったかもしれない。

 ド派手な道を進み、館までやってきた。


「ごめんください。ガンダルシア島からやってきたセディー・ダンテスです」

「お待ちしておりました」


 沈んだ声の女性が僕を出迎えてくれた。

 予想よりずっと年上の女性だ。

 恋人をさらわれたと聞いていたから、てっきり若いカップルを想像していたのだけど、夜の女王は四十歳以上に見える。

 黒のドレスに包まれたふくよかすぎる体型、漆黒の髪、つり上がった目に、ケバいメイクが印象的だ。

 まあ太ってはいるのだけど、やつれた感じだし、目の下にはくままでできている。

 きっと悲嘆に暮れているのだろう。


「ファー・ジャルグからの紹介よね? どうぞ上がってちょうだい」


 大きな屋敷だったけど、ひっそりしていて他に人間がいる様子はなかった。


「お一人なんですか?」

「そうよ。恋人のレダスと仲睦まじく暮らしていたのに、アルゴのやつが……」


 夜の女王は悔しそうに歯ぎしりをした。

「キーッ!」という声が伝わってきそうなくらい、激しい表情をしているぞ。

 見ているこっちが怖くなるほどだ。

 応接室に通された僕はさっそく詳しい状況を教えてもらった。

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