第99話 フクロウに呼ばれて


 夜、ベッドの中にいるとコツコツと窓を叩く音に気がついた。

 リスでも遊びに来たのだろうか?

 もう眠かったので放っておいたのだけど、音はいつまでも続いている。


「もう……」


 すでに眠っていたシャルを起こさないようにして、魔導ランタンを片手に僕は窓辺に寄ってみる。

 音のする窓のカーテンを開けると大きなフクロウと目が合い、心臓が飛び出るほど驚いた。

 フクロウは瞬きもせず、まん丸い金色の目で僕を見つめている。

 そして、黄色のくちばしでまたもや窓をコツコツと叩き始めた。


「僕に用事があるの?」

「ホーッ!」


 魔導ランタンをかざしてみると、鋭い爪をもつフクロウの足に封筒が握られているのがわかった。


「ひょっとして、君は手紙を届けに来てくれたのかな?」

「ホーッ!」


 どうやら正解だったようだ。

 フクロウは脇に避けて、僕が窓を開けられるようにしてくれた。

 おそらく害はないだろう。

 そう判断して窓を開けると、フクロウは手紙を落として飛び去ってしまった。

 フクロウを使って手紙を配達するなんて普通の人間にできることじゃない。

 ひょっとしてルボンのサンババーノかな?

 そう思ったけど、差出人は洞窟の美術商ファー・ジャルグだった。


 宛名には丸っこい文字で「セディー・ダンテス男爵 殿」と書かれている。

 僕宛のメッセージで間違いないようだ。

 眠かったから手紙を読むのは明日にしようかと思ったけど、すぐに読まないと第二、第三のフクロウを送り込んでくるとも限らない。

 仕方がなく、僕は封筒を切って手紙を読んでみた。


 セディー・ダンテス男爵に相談したいことあり。

 至急のご来訪を願うものなり。


 ファー・ジャルグ   


 短い文面だったけど、他には何も書いていない。

 こんな夜中に呼びつけるなんていったい何だろう?

 これは推測でしかないけど、どうせたいした用事ではないと思う。

 本当に大事なら、ファー・ジャルグは自分でやって来るはずだ。

 明日になったら行けばいいだろう。

 僕は手紙を折りたたんで封筒にしまい、小さなため息をついて寝てしまった。



 無視してもよかったのだけど、ファー・ジャルグもいちおうはガンダルシア島の住民だと言えなくもない。

 隣人としての礼儀を守り、僕はシャルを連れて洞窟の中のジャルグの店までやって来た。


「遅かったじゃねえか!」


 開口一番それか。


「人を呼びつけておいてよく言うね。そういう態度なら僕は帰るよ」


 踵を返そうとしたらファー・ジャルグはすぐに手のひらを返してきた。


「ほんの冗談じゃないですか、男爵。そんなに怒らないでくださいよ」


 まったく、調子がいいんだから……。


「僕に用件っていうのはなんなの?」

「実は知り合いが困っていましてね、助けてやってほしいんですよ」

「僕に手助けなんてできるかな?」


 火炎魔法は使えるけど、荒事はそれほど得意じゃないぞ。


「まあ、話を聞いてくださいな」

「わかった。助けるか助けないかはファー・ジャルグの話をぜんぶ聞いてから判断するよ」

「ええ、ええ、それで結構です」


 僕は勧められた椅子に座り、ファー・ジャルグの話を聞いた。


「実はうちの常連客に夜の女王というご婦人がいるんですよ。その人がトラブルに巻き込まれてしまったんです」

「具体的にどんなトラブル?」

「恋人をさらわれました」


 誘拐とは穏やかじゃないな。


「夜の女王は夜の島で恋人と仲睦なかむつまじく暮らしていたんですよ。しかし、そこに現れたのが同じ島に住む巨人のアルゴです。アルゴは百の目を持つ怪物ですがね、女王の恋人の美青年に横恋慕しちまったんですよ」

「それでその人をさらってしまったんだね」

「そういうことです」


 聞けば可哀そうな話である。

 愛し合う恋人を無理やり引き離すなんてひどすぎるよ。


「アルゴはとんでもない怪物です。その力はシャル嬢ちゃんに匹敵するほどです」

「シャルくらい強いの⁉」

「しかも百ある目を順番に閉じて休むため、完全に眠ることは決してありません。だから寝ているところを奇襲するというのも不可能です。そこで男爵の出番というわけです」


 なるほど、どうして僕に白羽の矢を立てたかわかったぞ。


「つまり、僕が深海の笛でアルゴを眠らせればいいんだね」

「さすがは男爵、頭の回転が速い!」

「おだててもダメだよ。それに僕に殺しはできないからね」

「なあに、アルゴが寝ている隙に青年を連れ出してくれればそれで結構ですよ。後は夜の女王が何とかするでしょう」


 眠らせてしまえば何とかなりそうだけど、危険がまったくないわけではない。

 どうしようかなあ……。

 悩んでいるとファー・ジャルグが胸を叩いた。


「無論、ただでやってくれとは言いません。夜の女王もお礼をするでしょうし、このジャルグも奮発しますぜ!」

「ご褒美をくれるの?」

「そこにある『たくましい青年像』を差し上げましょう!」


 ファー・ジャルグは傍らに置いてあった大理石の像を示した。


「おいおい、それも偽物じゃないか。本物だったら中指を突き上げていたりなんてするもんか」


 どうして明らかに贋作だとわかるものを作るかな?

 まあその方が罪は少ない気がするけど。


「まあまあ、困っている夜の王女を助けてやってくださいよ。可哀そうなご婦人ですぜ」

「まあいいけど、夜の島へはどうやって行けばいいの? 定期船でも出ていればいいけど」

「あれれ、男爵は他所の島へ行ったことがないんですか? ガンダルシア島のような特別な場所を繋いでいるのは転送機に決まっているじゃないですか」


 そうだった!

 アイランド・ツクールでは転送機を使って友人の島などへ行けたのをすっかり忘れていたよ。

 このシステムはここでも有効のようだ。

 人の島には自分の島にない素材や植物があるんだよね。

 そういった他所の島で手に入れた素材じゃないと作れないアイテムなんかもあったはずだ。

 恋人を助けてあげれば、夜の女王がそういった素材をくれるかもしれない。


「ところで転送機はどこにあるのかな?」


 ファー・ジャルグは天井を指し示した。


「上の階?」

「違う、違う、この山の頂上だよ」


 忙しさにかまけて、島の調査をさぼっていた報いだな。

 山頂はまだ未踏破である。

 おっと、ステータス画面にアラートが点灯したぞ。


 登山道作製の条件が解放されました。

 条件:転送機の話を聞く。


 作製可能なもの:登山道

 説明:ガンダルシア山山頂へと続く細い道。

 必要ポイント:6


  よし、さっそく登山道を作って午後には夜の島へ行ってみよう。

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