第98話 深海の笛


 魔法のリコーダーを手に入れてから洞窟探索がとても楽になった。

 これさえあれば一人でも探索に行けるくらいだ。

 200メートル間隔で吹いて進めば、魔物はみんな眠ってしまうからね。

 最強種の黄龍であるシャルでさえ、この笛の音の魔力には抗えないのだ。

 一回寝てしまうとシャルでも三十分は起きないよ。

 普通の人間だったら一時間以上寝てしまうのだ。

 本当に不思議な笛だなあ。

『きらきら星』を吹いても寝てしまうんだもん。

 これで子守り歌なんて吹いたらどうなるのだろう?

 本日は一人で洞窟に来ている。

 みんなにはそれぞれ仕事があるし、シャルはビーチで遊んでいたからだ。

 僕につき合わせてばかりではシャルも可哀想だろう。

 笛を片手にずんずん進んで、エリア2のファー・ジャルグのところまでやってきた。

 美術商の周囲には魔物はいない。

 僕はリコーダーを口から離してエリア2につながるドアを開けた。


「ずいぶんとおもしろいものを持っているじゃねえか。遠くで聞いただけでうたた寝しそうになったぜ」


 僕が手にしているリコーダーを見てファー・ジャルグが唸った。


「これを知っているの?」

「深海の笛だろう? その笛の音を聞けば大天使ミショール様でさえ眠ってしまうという魔法のアイテムだ」

「へえ、詳しいんだね」


 これの正式名称は深海の笛というのか。


「二百年も美術商をやっているんだ。マジックアイテムにも詳しくなるさ」

「ファー・ジャルグのことを見直したよ」


 ファー・ジャルグはぐっと胸を反らせた。


「ようやく俺さまの偉大さに気がついたようだな。感心だから深海の笛の由来を教えてやろう」

「なにか逸話があるの?」

「むかし海神の姫が人間の男に恋をしたんだ。相手は嵐で遭難した船に乗っていた美しい王子だったらしい」


 どこの世界にも似たような話があるんだなあ。


「だが、しょせんは海神の姫と人間の恋だ」

「恋は実らず、悲恋に終わるんだね」

「そういうことだ。王子は海神の姫の想いに気づかず、人間の女と結ばれてしまうのさ」


 そのあたりも僕が知っている物語と同じなんだ……。


「だけど、そのお話と深海の笛にはどんな関係があるの?」

「心に傷を負った姫は毎日泣き暮らしたのさ。昼も夜も眠れないほどずっとな。このままでは大切な姫が死んでしまうかもしれないと心配した海神は、深海の底に住む大きな貝の殻からこの笛を削りだしたんだ。姫はこの笛の音を聞いてようやく眠りにつくことができたそうだ」

「そんな物語があったんだね。教えてくれてありがとう」


 お礼を言うとファー・ジャルグは途端に狡そうな顔つきになった。


「どうだ、ここにある絵と深海の笛を交換しないか? 一枚とは言わない。三枚と交換でいいぜ」


 僕は壁の絵を一通り眺める。


「ほとんどぜんぶ偽物じゃないか。こっちの人体図にはへんな染みがあるし、女神の誕生の絵には樹がないよ」

「チッ、目端の利く小僧は嫌いだぜ」

「だいたい、この笛を売る気はないよ。これから第二エリアを探索するんだから」

「だったらさっさと行っちまえ。俺はまだ眠りたくないからな」


 美術店の前を通り過ぎ、僕は第二エリアの奥地に入った。

 ここからは入るたびに、ランダムで地形が変わる。

 出てくるアイテムもその都度変化するけど、今日はなにが得られるかな?

 きらきら星を吹きながら進むと、床の上でゴブリンが三匹、いびきをかいて寝ていた。

 僕は彼らを踏まないように進んでいく。

 この笛のいいところは、たとえ音程を間違えても周囲は眠ってくれることだ。

 お、あれはダンジョンマッシュルームの群落じゃないか。

 しかもより美味しいとされるトリュフ・マッシュルームだぞ。

 きっとリンが大喜びするだろう。

 これだけあればレストランに来るお客さんにも出せるかな。

 安全のために、収穫前に『ちょうちょ』でも吹いておくか。

 ドララ♪ シソソ♪ ファソラシドドド♪

 袋を開いて大量のトリュフ・マッシュルームを収穫した。

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