第97話 シャイロックがやってきた
台風後の復興で忙しいのに、妙な客がやってきた。
尖ったあご、への字に曲がった口、意地悪そうな目つきをした、関わり合いになりたくない雰囲気の初老男性だ。
「お初にお目にかかります。私はベルッカの商人でアボーン・シャイロックと申します」
アボーン・シャイロックとはエマさんが話していた商人だな。
アレクセイに兄さんに賄賂を渡してのし上がったけど、脱税で追放されたはずだ。
それなのにまだベルッカの商人を名乗っているとはふてぶてしい。
まあ、追放されたなんて自己紹介はできないか。
こんな人の話は聞くまでもないけど、問答無用で門前払いをして恨みを買うのもよくないな。
仕方がなく僕は談話テーブルの前に座った。
「本日窺ったのはマジックステッキについてです」
「ああ……」
「あれは素晴らしい商品ですな」
シャイロックの狙いはあれか。
「あれは商品ではありませんよ。ビーチを訪れたお客さんに限定五十本で配った販売促進グッズです」
「そこですよ! ああ、実にもったいない!」
シャイロックは一人で熱くなっている。
「私なら一本につき1万5千、いや、2万クラウンで売って完売したでしょう」
「はあ……」
「いかがですか、あのステッキを私に卸してください。きっと大儲けさせてあげますから」
まるで僕のためみたいに言うなあ。
でも、僕はこんな人と商売をする気はない。
卸売りをするのなら、とっくにエマさんに頼んでいるだろうしね。
「商売っ気はないんです。それに、ステッキの素材は希少だから大量生産は無理ですよ」
「素材というと、どんな?」
シャイロックは探りを入れてきたけど僕は取り合わなかった。
「それは内緒です」
「ああ、もったいない。なおさら高値で売るべきなのに!」
シャイロックはこの世の終わりみたいな顔をして頭を抱えた。
なんだか芝居じみた人である。
「このシャイロックは男爵のために身を粉にして働く所存です。きっと大儲けができますよ」
儲けたいのは自分だろうに……。
いつまでもこんな茶番には付き合っていられない。
そろそろお帰りいただくとしよう。
「シャイロックさん、あなたはベルッカを追放になっていますよね?」
「……ご存知でしたか」
「こんな離れ小島でも噂話くらいは届きます」
「ですが、あれは誤解です。悪いのはダンテス伯爵なのです!」
「ほう、兄が……?」
この人は僕もダンテス家の人間ということを忘れているな。
僕は目を細めてシャイロックを見つめた。
「そ、それは……。しかしダンテス男爵とダンテス伯爵は仲がお悪いと聞き及んでおりますよ」
「それはそれ、これはこれです。兄が追放した人物と商売をすると言うのは難しいでしょう。まして、あなたの罪は脱税ですよね? いきなり商売を任せられるほど信用するのは無理というものです。どうぞお引き取りを」
「そうですか……(小僧のくせに生意気な)」
シャイロックは軽く舌打ちをしながら帰っていった。
そういうところで本性を現しちゃだめなんじゃないかな?
それとも、僕との取引はないと見定めて取り繕う気もなくなったか。
冷めかけた紅茶を飲み干していると、今度はエマさんがやってきた。
「おや、どうされたんですか?」
「ひどい嵐だったので商品の状況についてうかがっておこうとやってきました」
「安心してください。明後日の納品予定分はすべて出来上がっていますよ。多少被害は出ましたが、来期以降の出荷も問題ありません」
そう伝えるとエマさんは安心した顔になった。
「ところで、先ほど馬車でシャイロック氏とすれ違った気がするのですが……」
エマさんの顔が安心から再び心配に変わってしまったぞ。
「商談にきたんですよ。帰っていただきましたけどね」
僕の言葉を聞いてエマさんは胸をなでおろしていた。
「さようですか。同業者の悪口はよくありませんが、近づいてはいけない人物ですので」
「わかっていますよ。僕も彼のような人と商売をしたくありません。エマさんという最高の取引相手もいますからね」
「まあ、お上手ですこと」
僕らは顔を見合わせて笑い合った。
同じ商談でもエマさんが相手だと心が和むなあ。
「ところで、ここはどうしてこんなに涼しいのですか?」
エマさんは不思議そうに部屋の中を見渡した。
食堂にはポイントを使ってエアコンを取り付けてあるのだ。
僕はエアコンについてエマさんに説明した。
「同じものが客室にもあるんですよ」
「これなら夏でも快適に過ごせますね」
「オーベルジュの新しい目玉ですよ」
「本当にガンダルシア島では驚かされてばかりです」
「まだまだ、驚くには早いですよ。実は、あらたにジャグジーというものも用意したんです」
こちらは10ポイントも必要だった。
「それはどういったものですの?」
「泡がたくさん出るお風呂なんです。ぜひエマさんにも試してもらいたいなあ」
「でしたら、久しぶりに商売抜きで遊びに来ようかしら?」
「ぜひ、そうしてください。ぬるいジャグジーにつかりながら飲む、よく冷えたシャトー・ガンダルシアは最高らしいですから」
「このまま泊まっていってしまおうかしら?」
僕らは再び顔を見合わせて笑い合った。
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