第96話 魔法のリコーダー


 ノワルド先生がやってきた。

 めずらしく焦った顔をしているぞ。


「気圧計が著しく下がっている。夕方あたりから大規模な嵐になるかもしれない」

「そんなにひどい嵐になるのですか?」

「うむ、島中に知らせて準備をさせた方がいい。鎧戸やドアを板で補強するのだ」


 こうしてはいられない。


「シャルはルールーに知らせてあげて。それでボートを引き上げるのを手伝ってあげるんだ」

「了解であります。父上はどこへ?」

「僕はビーチを閉鎖してくる。お客さんを避難させないと」


 僕らはおおわらわで動き出した。


 まずはビーチのお客さんに帰ってもらった。

 人々の安全は最優先だからね。

 海の家のケモンシーは店じまいをしながら首をひねっている。


「本当に嵐なんて来るんですかね?」

「ノワルド先生が言うんだから間違いないよ。海の家の補強もしっかりやっておいてね」

「はあ……」


 僕の言うことを疑っているケモンシーを娘のハーミンがたしなめた。


「お父さん、若様が言うんだから絶対に嵐は来るよ。ちゃんと準備をしないとダメだからね!」

「わかっているって、そんなに怒鳴るなよ……」


 ハーミンがいれば、ここは心配ないか。


「僕はミオさんのところへ行ってくる。夜は外に出ないようにしてね」

「いってらっしゃい。お手伝いできることがあればなんでも言ってください」

「ありがとう、ハーミン。でも、今夜だけは自分の安全だけを考えて行動するんだよ」


 最終便が帰ってきたところで魔導鉄道をトンネル内に隠し、家畜小屋の戸締りなどをしていたら日が暮れてきた。

 海からはヒューヒューと甲高い風が強く吹き始めている。

 水平線の向こうにはどんよりと厚い雲が垂れこめていて、ここからでも大雨であるのが見て取れた。


「雷がピカピカしているでありますね」

「うん、野菜は諦めるしかないか……」


 畑には収穫間際の野菜がいくつかあるけど、こちらを回収している時間はなさそうだ。

 だけど、ぶどう棚の補強だけは何としてもやり遂げておかないといけない。


「シャル、竹を使って補強をしよう。あの嵐がここへ来る前にね」

「了解であります!」


 降り始めた雨に体を濡らしながら、暗くなる前になんとか作業を終わらせた。



 嵐は夜になって本格的にガンダルシア島を襲った。

 屋根を叩く雨音がうるさくてまともに会話ができないほどだ。

 風ももの凄い。

 きっとあちらこちらで木が折れていることだろう。

 リンゴやナシの木は大丈夫だろうか?

 果樹が折れたら瓶詰の生産にとっては大打撃だよ。

 雨が上がったら被害状況を取りまとめないと……。

 あれこれ考えていたらシャルが僕の膝の上に上がってきた。


「シャル?」

「父上、きっと大丈夫でありますよ」


 シャルは小さな手を僕の首にまわし、優しく抱きついてきた。


「そうだね。うん、シャルの言うとおりだよ」

「そうでありますよ……スー、スー」


 シャルはそのまま僕の膝の上で眠ってしまった。

 嵐はひどくなる一方だったけど、シャルのぬくもりを感じて、僕の心は落ち着きを取り戻していた。



 夜が明けた。

 シャルのおかげでぐっすりと眠ってしまったようだ。


「父上、外はいい天気でありますよ!」


 雨はすっかり上がり、鎧戸の隙間から日の光が射しこんでいる。

 外に出ると雲一つない快晴の空が広がっていた。


「うわっ、畑がめちゃめちゃであります!」

「本当だ……、せっかくのメロンがダメになっているよ」


 ぶどうの木も葉っぱがかなり落ちている。

 これでは美味しいぶどうは実らない。

 ワインの仕込みは次の収穫を待たなければならないだろう。

 だけど、くよくよしていても仕方がない。

 まずは島のあちらこちらを点検だ。

 僕とシャルはシルバーに乗って海岸へ向かった。


 ケモンシーとハーミンがビーチの掃除をしていた。

 ここもひどい有り様だ。

 海岸にはいろんなものが打ち上げられているぞ。

 待てよ……。

 記憶を掘り起こしてみれば、アイランド・ツクールにも台風というイベントはあった。

 建造物や収穫物に被害が出るので、誰も喜ばないイベントである。

 だけど、一つだけいい点もあった。

 それが漂着物だ。

 嵐の次の日に海岸へ行くと、めずらしいものが流れ着く確率がぐっとあがったんだよね。

 中にはそこでしか手に入れられないレアアイテムもあったはずだぞ。

 ひょっとしたら、今回の嵐でもいいものが打ち上げられたかもしれない。

 よし、探してみるとしよう!

 僕はゴミを拾いながらビーチの端から端まで歩いた。

 すると、束になった海草の間に骨のような白く光るものがあるではないか。

 ヌメヌメする海藻をかき分けて取り出すと、それは見慣れた楽器だった。


「父上、なにを見つけたでありますか?」

「これはリコーダーといって笛の一種だよ」


 おそらく間違いない。

 小学校のときに習ったソプラノリコーダーにそっくりだもん。


「父上はリコーダーを吹けるでありますか?」

「簡単な曲ならね」


 軽くふいてみると音は簡単にでた。


「すごいであります! なにか曲を吹いてください」

「かなり久しぶりだけど……」


 出だしはドミファソだったかな?

 僕は『聖者が街にやってくる』を吹いてみた。

 うん、間違えずに吹き切ることができたぞ。


「どう?」


 あれ、シャルが寝てしまっている……。

 陽気な曲だと思うんだけど、シャルにとっては退屈だったかな?

 って、離れたところで作業をしていたケモンシーとハーミンも寝ているじゃないか!

 もしかしたら、これは魔法のリコーダーかもしれないな。

 台風のせいでひどい目に遭ったけど、いいものを手に入れたかもしれない。

 僕はハンカチで手に入れたばかりの白いリコーダーをそっと磨いた。

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