第95話 洞窟の中の美術商


 ノワルド先生の錬金術講義を受けるためにユージェニーがやってきた。

 といっても講義はいつも二時間くらいで、そのあとはずっと二人で遊んでいるんけどね。

 本日はコメダ原石からコメダを作るやり方を習ったよ。

 コメダはいろいろなものの原料になる素材なんだ。


「セディー、今から洞窟へ行ってみない? コメダ原石を探しましょうよ」

「さっそく今日習ったことが実践できるもんね」

 

 シャルにくわえてギアンもいるので心強い。

 今日はエリア2の奥まで行っても平気だろう。


 コメダ原石を探して僕らは洞窟に入った。


「前回に来たときとずいぶん様子が変わっているわね」

「ここは入るたびに構造が変わる洞窟なんだ。だから採集できるものもそのつど変わってくるんだよ」

「あんなところに花が咲いているわ」

月影草げつえいそうだね。魔法薬の材料になる植物だ」


 根を傷つけないように、僕は根元からナイフで切り離した。


「綺麗な花ね」


 月影草の花は花弁が透き通るような銀色をしていて、花びらの付け根の部分は濃い青をしている。


「強い花だからしばらく花瓶に生けて飾ったら?」

「うん、そうしてみるわ」


 ユージェニーは鞄にそっと月影草を置いていた。

 エリア1の奥までやって来た。

 洞窟内は入るたびに構造が変わるけど、入り口と出口付近はいつも同じになっている。

 それはエリア2でも同じだ。


「この扉の奥がエリア2だよ。コメダ原石はエリア2にあるはずだよ」

「気を引き締めていかないと」

「まだそこまで緊張しなくてもいいよ。扉の前後に魔物はいないから」

「ちょっとした休憩スポットって感じかしら?」

「そういうことだね」


 少しだけリラックスしてから僕は洞窟の扉を開けた。

 あれ、これはどうなっているんだ?

 大岩の向こう側にお店のようなものができているぞ。

 店構えは前世の日本で見た骨董屋さんのような雰囲気だ。

 お、看板が出ているな。

 赤地に黒い文字で『ファー・ジャルグ美術店』と書いてある。

 ここがファー・ジャルグの言っていたお店だな。


「こんなところにお店があるの?」

「じつは僕も出資している店なんだ。僕も来るのは初めてだけどね。ちょっと寄ってみようよ」


 先日はヘコヘコしていたのに、僕らを迎えたファー・ジャルグは前の尊大な態度に戻っていた。


「よく来たな、セディー。さあ、当店自慢の名画の数々を見ていくがいい。金があるのなら買っていくことをお勧めするぞ。どれも貴重な絵画ばかりだ。ここまで安く手に入れられることはめったにないぞ」


 ほほう、浮世絵の『歌舞伎役者』が120万クラウンか。

 はっきり言って破格とも言える安さだよ。

 だけど、それはこれが本物ならという話である。

 アイランド・ツクールでは名画シリーズをコンプリートした僕である。

 こんな茶番にはつき合えないぞ。


「これが120万クラウン? そんな価値はないよ」

「なんだと? うちの品物にいちゃもんをつける気か!」


 ファー・ジャルグは全身赤のコーディネイトのうえに、顔まで真っ赤にして怒っている。

 図星をつかれて誤魔化そうとしているな。


「眉毛の描き方がおかしいよ。本物の歌舞伎役者ならもっとつり上がっているはずだ」

「な、なんだと……」

「こっちの『青衣の青年』もそう。前髪の量が多すぎる」


 ファー・ジャルグは地団太を踏んで悔しがっている。


「くそ、小僧と思って侮っていた!」

「贋作にしてはよくできているね。『青衣の青年』は1万クラウンなら買ってもいいかな」

「ぐぅ……。その値段でけっこうだ……」


 贋作は贋作でおもしろいんだよね。

 これはコテージに飾っておくとしよう。


「今度は本物も用意しておいてね」

「わかった……」


 悔しそうなファー・ジャルグを残して僕らは再び洞窟探索に向かった。




 ユージェニーとの洞窟探索から数日後、またもやアレクセイ兄さんがやってきた。


「最近、よくいらっしゃいますね。今日はどういったご用件で?」

「魔導鉄道のことに決まっているだろう」


 まだあきらめていなかったんだ……。


「先日は私も少々大人げなかった。今日は妥協案を持ってきたのだ」


 アレクセイ兄さんはごちゃごちゃといろいろ書かれた紙を手渡してきた。


「どうだ、これならセディーも満足だろう?」


 満足なわけがない。

 必要魔石の七割は僕が用意しなければならないし、人件費は完全にこちら持ちじゃないか。


「何度も言っているじゃないですか。シンプソン伯爵と同じ条件でなければ魔導鉄道は通せません。僕にそんな余裕はないんですからね」

「だが、妥協点はまだあるはずだ」


 妥協点は最初から提示しているんだけどなあ。

 話の通じない相手というのは本当に厄介だ。

 しかもそれが権力者だとなおさら厄介なのである。

 アレクセイ兄さんは偉そうに腕を組んで部屋の中を眺めていたのだけど、不意に壁の絵に目をつけた。


「青衣の青年だと⁉ なぜこのような名画がここにあるのだ!」

「ああ、それ? 偽物ですよ」


 僕は正直に打ち明けたのだけど、兄さんは取り合わなかった。


「そんなバカなことがあるか。俺の目はごまかされんぞ! これをどこで手に入れたんだ?」

「ファー・ジャルグという妖精の美術商から買いました」


 兄さんの目は絵に釘付けだ。

 そこには欲望の色が浮かんでいる。


「よし、俺がこれを買い取ってやろう」

「はっ? 何度も言いますが偽物ですよ」

「ガタガタ言うな。よし、50万クラウンやる」


 言うが早いか兄さんは財布から金貨を五枚取り出して、テーブルの上に並べた。

 そして絵を壁から外して持っていこうとする。


「いや、だから偽物ですって!」

「はっはっはっ、高貴なる鑑定家と呼ばれるこの私が騙されるものか! 偽物だろうとなんだろうと私が買い取るのだ」


 高貴なる鑑定家?

 初耳だぞ。

 やれやれ、めんどうだから好きにさせるとしよう。


「うはははははっ、いい買い物ができた。また来るからな!」


 また来るの⁉

 兄さんは大きな足音を立てて出て行ってしまった。

 表から兄さんのご機嫌な声が聞こえてくる。


「帰りにメロンソフトクリームを食べて帰るぞ。うはははははっ」


 アレクセイ兄さんも島に慣れてきたなあ。

 慣れてほしくないけど。

 偽物と知って怒り出さなければいいけどね……。

 どうせそのうち金を返せとやってくるだろう。

 それとも贋作だと気が付かないかな?

 高貴なる鑑定家の実力はいかに?

 僕はテーブルの上の金貨を集めて財布にしまった。


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