第92話 誕生会
クレアの誕生日パーティーの日になった。
本日はパーティー用に正装をしてダンテス家の本宅に一人で向かう。
実はユージェニーと一緒に行こうとしたのだけど、断られてしまったのだ。
今夜の主役はクレアなので顔を立てるそうだ。
僕と一緒に行って、いらぬ恨みは買いたくないというのがユージェニーの考えだ。
ユージェニーは考えすぎじゃないのかな?
クレアは僕を嫌いこそすれ、好意なんて抱いていないと思う。
まあ、最近は昔ほどとげとげしさはなくなってきたけど。
懐かしいダンテスの館を見て、胸にこみ上げるものがあった。
ここに来るのは父上がお亡くなりになって以来だな。
正面玄関から入っていくとクレアが僕の姿を認めて近づいてきた。
「あら、セディーも来たの?」
「お誕生日おめでとう、クレア。でも、セディーじゃなくて叔父様だろう?」
「ふん、セディーのくせに生意気ね」
生意気なのはクレアの方だ。
でも、今夜はクレアの誕生日パーティーなので口論はやめておこう。
「はい、誕生日プレゼントだよ」
「ありがとう」
受け取ったクレアの顔が驚愕に歪んでいる。
がっかりしたかな?
「ゆ、指輪……」
「僕が見つけた真珠で作ったんだよ。ちょっとおもしろい仕掛けがあってね」
「な、なんで指輪なのよ!」
クレアは目を吊り上げて僕を睨みつけてきた。
声まで荒げてたいへんな怒りようだ。
気に入らなかったとしても怒鳴りつけることはないだろうに。
「深い意味はないよ。錬金術の先生が作り方を教えてくれたから、こういう形になっただけなんだ。ペンダントよりも指輪の方が魔力をこめやすいんだって」
「…………」
クレアは鬼の形相を崩さない。
星の道しるべのことを説明して、さっさと飲み物でも取りに行くとしよう。
「これは星の道しるべというアイテムなんだ。指輪に魔力を流すと真珠から光が放たれて、白鳥座の方向を示してくれるんだよ」
僕が説明をしている間も、クレアは眉間に皺を寄せながら指輪を睨んでいた。
「話を聞いてる?」
「へっ? き、聞いているわ! つまり、この指輪に深い意味はないんでしょう」
「ん? うん、そうだね。意味はないけどギミックが隠されている話をしているんだよ」
クレアが上の空なので僕はもう一度説明をしなければならかった。
ダンテス伯爵家が催すだけあって盛大な誕生日パーティーだった。
アレクセイ兄さんはがめついけど、こういうところにはお金を惜しまないようだ。
パーティー会場には知った顔が何人もいた。
ポール兄さんも会えたぞ。
僕はポール兄さんと話をしたかったのだけど、軽くたしなめられてしまった。
「いいから、同年代の女性と踊ってこい。こういう場はお見合いも兼ねているのだから」
「いやあ、僕にはまだ早すぎるよ」
兄さんは苦笑する。
「セディーは男爵家の当主だぞ。セディーの方に興味がなくても、周囲の者が放っておかないさ。それに、人生を楽しむのはいいことさ」
「そんなこと言われてもなあ」
「それとも、意中の相手でもいるのか?」
「そんな人はいないよ」
「そうか? ユージェニー嬢などとは本当にお似合いだと思うけどな」
「やめてよね」
ユージェニーのことは大好きだけど、まだそういうことを考えるのは嫌なのだ。
彼女とはいちばんの親友であり、今はそれでいいと思う。
楽団がワルツを奏で始めた。
僕もダンスくらいは踊れるのだ。
こうしていても仕方がないから、ポール兄さんの言うとおりに踊ってみようか?
ダンテス家の三男として恥ずかしくない程度には踊れるのだ。
こうして見ているとクレアは誰とも踊っていないな。
気乗りがしていないのかもしれない。
どうせ、僕が誘っても断るだろうから、クレアはやめておこう。
お、あそこにユージェニーがいるじゃないか。
よし、彼女をダンスに誘ってみよう。
やっぱり、いちばん誘いやすいからね。
「ユージェニー、僕と踊ってくれませんか?」
「喜んで」
僕たちは楽しく一曲踊った。
ちなみに同じ相手とのダンスは二曲までという暗黙の了解がある。
三曲以上踊るのははしたないとされているのだ。
僕のステップをユージェニーは褒めてくれた。
「前よりも上手になったんじゃない?」
「そうかな? これは内緒だけど、来る前にメアリーとおさらいをしておいたんだ」
曲が終わり僕たちは一礼してからフロアを退いた。
おや、クレアはまだ誰とも踊っていないな。
椅子にふんぞり返ったままでこちらを睨んでいるぞ。
ああいう姿はアレクセイ兄さんによく似ている。
自分の誕生日だというのに何がそんなに気に入らないのだろう。
小さなため息をついたユージェニーがとんでもないことを言いだした。
「セディー、クレアをダンスに誘ってあげたら? ひとりぼっちで見ていられないわ」
「えぇ? いつもは喧嘩ばかりなのに、今夜はやけにクレアに優しいんだね」
「私なりの騎士道精神みたいなものよ。誕生日くらいクレアの顔を立ててあげないとね」
「よくわからないんだけど?」
「いいから行きなさい」
いちおうの礼儀として誘うだけ誘ってみようか……。
僕は不機嫌そうな顔をしたクレアの前に立った。
「クレア、僕と躍ってくれない?」
「セディーと? どうして、私がセディーと躍らなきゃならないのよ!」
やっぱり怒ってしまったか。
「無理にとは言わないよ」
「待ちなさい!」
強い否定の言葉とは裏腹に、クレアは僕の手をグイッとつかんだ。
かなり痛い……。
「いい、足を踏んだらぶっ飛ばすんだからね!」
そんなに嫌なら躍らなきゃいいのにと思うんだけど、曲が始まってしまった。
そして、曲が始まってしまえば体が勝手に動いた。
それはクレアも同じようで僕に体を預けて優雅にステップを踏んでいる。
たいしたものだ、ダンスの練習はしっかりやっていたみたいだな。
パーティーの主役が踊るということもあって、僕たちは衆人の注目を浴びていた。
やがて曲は終わり人々は僕たちへ温かい拍手を送ってくれた。
僕は軽く頭を下げてクレアから離れようとしたのだけど、クレアは予想外の行動に出た。
「ぜんっぜんダメね。もう一回やり直しよ」
「どこらへんが? 上手に踊れたと思うんだけどなあ」
「うるさいわね! セディーには思いやりの心がないのよ。もっと私を慈しむように踊りなさい」
「無茶を言うなよ。これでも僕なりに配慮したつもりだよ」
「言い訳は聞きたくないわ。ほら、曲が始まったわよ」
僕は強引にフロアに連れ戻され、もう一曲踊らされる羽目になった。
なんなんだよ、まったく……。
それでも、先ほどよりも丁寧にリードすることを心掛けて踊った。
ところが――。
「だめ、やり直し」
「おい、いいかげんにしろよ。同じ相手と三回も踊るのはタブーだろう?」
「知らないわよ、そんなの」
「僕ははしたないと思われるのは嫌だよ」
「誰も見ていないわよ!」
さっきから注目の的だって!
「とにかくこれで失礼するよ。僕は子爵に用事があるから」
知り合いの姿を見つけて逃げるようにその場を去った。
***
パーティーも大盛況の内に終わり、パジャマに着替えたクレアはベッドの上で大の字になっていた。
ニマニマと笑いながらクレアは指にはめられた真珠の指輪を見つめている。
もぉ、セディーのバカ、バカ、バカァ!
なんでこんなにすてきな指輪をくれるのよ!
ダンスも上手だったし、最高の誕生日パーティーだったなあ。
こうなったら私も覚悟を決めなくてはならないわね。
夏休みが終わる前に思い出を作るわよ!
名付けてクレアとセディーのひと夏の思いで大作戦。
忘れられない夏にしてやるんですからっ!
クレアの高笑いは夜中まで続いた。
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