第90話 魔導鉄道の延長
ついに魔導鉄道がルボンまで開通した。
シンプソン伯爵はかなりの投資をして、線路を突貫工事で仕上げたようだ。
これでかなり便利になるだろう。
次はルボンからポリマーへの線路を延長中である。
本日はルボンで鉄道開通式典だ。
会場は町はずれに建てられた駅舎で人々がもう詰めかけている。
簡素ながら趣のある駅だ。
白い漆喰で塗られた壁、赤茶色の屋根瓦が青い空に映えている。
駅には僕のアドバイスでキオスクも作られたよ。
新聞などの他に島の特産物も置いてもらったけど、今日は五分で完売してしまった。
これも式典効果だね。
そうそう、シンプソン伯爵と共同で記念銀貨も作ったんだ。
魔導鉄道開通記念の銀貨で、表には魔導鉄道の絵、裏にはシンプソン伯爵家とダンテス男爵家の紋章が刻印されている。
これには5000クラウン分の銀が使われているのだ。
記念硬貨なんて馴染みのないものだろうけど、応募はたくさんあった。
限定千枚で販売することにしたのだけど、あっという間に売れてしまったそうだ。
すでにプレミアムがついていて6000クラウン以上の値段で取り引きされているらしい。
僕のところにもちょいちょい問い合わせが来ているくらいだ。
島民にも記念銀貨をプレゼントしておいた。
鉄道職員のミオさんは特に喜んでいて、一生の宝物にすると言っていた。
ミオさんが運転する列車が駅に入ってくると人々は歓声を上げた。
シンプソン伯爵と僕が観衆にあいさつをして改札にかけられたリボンにハサミを入れた。
記念すべきルボン発・ガンダルシア島行きの初めての列車は、予約が殺到して切符の販売が抽選になってしまったくらいだ。
座席は三十しかないから仕方がないね。
ちなみにルボンからガンダルシアまでの運賃は200クラウンに設定してある。
普段は一時間に一往復だけど、今日は人がいっぱいなので三往復することになっている。
「ルボン発、街道駅経由、ガンダルシア島行きの列車です。扉が閉まります」
魔導鉄道は予定通りに出発した。
ガンダルシア島の駅では出迎えの準備が整っていた。
島民が一堂に並び、一番列車を迎えている。
列にはシルバーやルシオまでいるぞ。
シルバーといえば先日はお手柄だった。
ガンダルシア島へグッピーの密猟者がやってきたのだけど、なんとそいつらを捕えてしまったのだ。
アレクセイ兄さんの魔法攻撃を避けて反撃するくらいだから、並の盗賊など目ではないのだろう。
それ以来、シルバーは警備隊長みたいな顔で島をうろついている。
シャルの通訳によると今後はシルバー・シーズン隊長と呼んでもらいたいらしい。
ひょっとして、今日も怪しい人間が島に入ってこないか見張りに来たのかな?
うがった見方すぎる気がしないでもないけど、シルバーは賢い馬だからありえない話ではなかった。
開通式から三日経ったけど、魔導鉄道は相変わらず賑わっていた。
初の鉄道に興奮したお客さんがひきもきらないで詰めかけているのだ。
前世の日本で鉄道が初めて開通したのは新橋―横浜間。
明治?年だったけど、そのときもこんな感じだったのだろうか?
ガンダル山に出で昇る 月を旅路の友として♪
朝の見回りから帰ってくるとルシオとシルバーが並んで草を食んでいた。
ルシオとシルバーは仲がいい。
性格はルシオが静、シルバーが動だ。
ルシオはどちらかというと甘えん坊だけど、シルバーは僕かシャルにしか甘えない。
シルバーは島を巡回し、悪者がいると嬉々としてこれをやっつける。
得意技は後ろ蹴り。
相手が武装していてもなんのそので、蹄鉄で受け止めて前蹴りをくらわすこともある。
最近、シルバーのために軍馬の装甲を手に入れた。
シルバーに頼まれたのだ。
シャルを通じて、欲しがっていることを伝えてきたのである。
ポイント交換のリストには載っていなかったんだけど、相談するとウーパーがどこからか手に入れてくれた。
きっと軍人時代の伝手をたどってくれたのだろう。
シルバーはステッキに装甲をセットして、バトルモードに変身して戦うようだ。
その強さはシャルとウーパーが認めるほどである。
ただ優しいところがあって、森に生えていたリンゴをルシオのお土産に持ってきたりもする。
仲がいいのだ。
そんなシルバーの口癖は「アレクセイが来たら俺がぶっ飛ばしてやるからな」である。
いろいろと面倒だから、兄さんには来ないでもらうとしよう。
そう考えていたのにアレクセイ兄さんがやってきてしまった。
蹴りに行こうとするシルバーを止めるのがたいへんだったよ。
それにしても、アレクセイ兄さんはよく平気でこの島に顔が出せるよね。
以前は島を封鎖するなんてことをしておきながら厚かましいものだ。
最近わかってきたのだけど、兄さんは僕に意地悪をしているというつもりはないようだ。
じゃあどうしてあんなことをしたかというと、ただただ、生まれついてのわがままなのである。
国王さえも遠慮する大貴族の長男に生まれたから、いたしかたないところはあるのかな?
振り回される周囲の人間はたまったものじゃないけどね。
そういうわけだから良心の呵責も感じないし、恥じ入るところもないようだ。
困ったものである。
「本日はどういった御用でしょうか?」
「うむ、その前によく冷えた白ワインをくれ。暑くてかなわん」
今日も厚かましさ全開だ。
それでも相手は隣領の伯爵である。
失礼のないようにウーパーに合図して持ってきてもらった。
がぶがぶとワインを飲んだアレクセイ兄さんはさらにお代わりまで持ってこさせて、ようやく一息入れた。
「ふむ、さすがに美味いな」
「それはどうも、ありがとうございます(棒)」
「セディー、魔導鉄道だがな、あれをベルッカまで通してくれ」
話が突然すぎてよく呑み込めなかった。
「あれが通ればベルッカの経済はさらに発展するだろう。とうぜんお前のところもだ。悪い話ではないだろう?」
恩着せがましい言い方ではあるけど、間違ってはいない。
魔導鉄道が開通すれば人と物の流れはさらに高まるだろう。
ただ、問題はいくつかある。
特にアレクセイ兄さんが相手の場合は……。
「もちろんかまいませんが、路線延長の資金はどうします? 僕に余裕はありませんよ」
「ええ⁉ ルボンには線路を通しただろう?」
「あれはシンプソン伯爵が資金を提供したのです」
「そうなのか……。だがこれはお前のためにもなることだぞ。なんとかならんか?」
「おまえのために言っているんだ」なんて、典型的な毒兄だなあ。
最近までダンテス領での商売を禁止していたくせに、どの口が言うんだろうね。
アレクセイ兄さんはどんどんつけあがるタイプだから、お金のことははっきりさせておかないと。
やれやれ、齢十三歳でこんな苦労をするなんて、僕は前世でなにかやらかしたのかな?
「魔導鉄道をベルッカまで通すなら、線路や駅の費用は兄さんが出してください。運航に必要な魔石の費用も折半です」
「なんだとっ⁉」
そこは驚くところじゃないから!
利益の配分はこうなるということを提示すると、兄さんはさらに驚いた顔になった。
「俺の取り分がずいぶんと少ないじゃないか!」
「シンプソン伯爵とはこの配分で折り合いがついていますよ」
「こんな横暴が許されるか!」
超弩級のブーメラン!
アレクセイ兄さんは怒って帰ってしまった。
入れ違いにエマさんがやってきた。
「いまそこでダンテス伯爵とすれ違いましたよ。また揉め事ですか?」
エマさんは心配そうだ。
僕は肩をすくめて兄さんの来訪の説明をした。
「私たちベルッカの商人にとっても魔導鉄道がありがたいのですがねえ」
「ごめんね、それはまだまだ先になりそうだよ」
アレクセイ兄さんが提示する金額では、とてもじゃないが魔導鉄道を通すことはできない。
「兄さんはがめつすぎるんだよ」
「がめついといえば、先日ベルッカ一のがめつい商人というのが追放になりましたよ」
「そんな事件があったんだ」
「アボーン・シャイロックという商人なんですがね、ダンテス伯爵に賄賂をつかってのし上がった人物なのです」
「アレクセイ兄さんに賄賂を渡していたの? どうしてそれで捕まるんだろう?」
アレクセイ兄さんのことだ、喜んで受け取って追放なんてしないだろうに。
追放したら定期的に賄賂が受け取れないもんね。
「それがですね、シャイロックは収入を誤魔化して大規模な脱税をしていたのですよ」
それで兄さんが怒ったんだな。
あの人は自分の収入が損なわれるのが大嫌いだから。
「それまでは仲が良かったのですが、大喧嘩になったらしいです。ダンテス伯爵は脱税を責め立てますし、シャイロックは賄賂を渡したんだから少しくらい見逃せという感じだったようです。けっきょく、伯爵が追徴課税をぶん取って追放にしたそうですよ」
やれやれ、困った人たちだ。
本当にどっちもどっちだと思った。
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