第82話 サンババーノの底力


 本日の仕事に備えて水中眼鏡とシュノーケルのセットを三つてにいれた。

 これで海の中をチェックするのだ。

 ビーチを解放するにあたり、海の中に危険物がないかを調べる必要があるからね。

 ケモンシーとハーミンにも手伝ってもらって今日は海の大掃除だ。


 大きく息を吸い込んで潜ると、そこは別世界だった。

 美しい海には色とりどりの魚がいっぱい泳いでいる。

 おお、大きなカニも歩いているぞ!

 沖の方には船の残骸もあるな。

 沈没船ではいろんな種類の生物が住み着いて、ひとつの生態系を形成しているようだ。

 海水浴客の邪魔にはならないだろうから、そっとしておこう。

 しばらく作業を続けていたのだけど、ケモンシーはすぐに息切れを起こしていた。

 長年の不摂生がたたっているのだろう。

 紫外線を浴びるのなんて久しぶりのことらしく、顔も身体も真っ白だ。


「面目ありません」

「休んで息を整えて。でも、シーズンが始まる前に鍛えなおしてよ」

「承知しました。でも、かき氷を作ったりソーセージを焼いたりする手際はよかったでしょう?」

「それは認めるよ。あの調子でお願いね」


ケモンシーは器用なのだ。

もとはギャンブラーなのでちょっとしたイカサマなどは得意らしい。

今後は危ない橋の上ではなく、海の家で活躍してもらうとしよう。


「若様、お父さんは放っておいて作業を続けましょう。その分、私が頑張りますので」


 ハーミーは本当にいい子だ。

 おや、あれはなんだ?

 海面に泡が浮き上がっているぞ。


「下に大きな魚でもいるのかな?」

「どうしたのですか?」

「ほら、あそこに泡が出ているだろう?」


波は穏やかで泡ははっきりと見えている。

ところが、ハーミーは不思議そうに首をひねった。


「泡? 私にはわかりませんが……」


 ひょっとして僕にしか見えていないのかな?

 そうか! これはアイランド・ツクール独特の合図だ。

 ゲームの中だと、海中で何かが見つかるときはこんなふうに泡が出て知らせてくれたものだ。

 大きく息を吸って僕は海底の砂の中を探った。

 サラサラした砂の中に何か硬い感触のものであるぞ。

 たぶんこの辺に……。


 真珠を見つけたよ。お宝ゲットだ!


 砂の中に埋もれていた大粒の真珠を見つけた。

 あの泡がなかったら見つけられなかっただろうなあ。

 それにしても大きな真珠だなあ。

 直径は2センチメートルくらいありそうだ。

 滑らかな表面は乳白色に輝いている。

 そういえば、アイランド・ツクールの世界でも真珠は採れたよね。

 これはかなりの価値がありそうだ。

 そうだ、ちょうどいいから、これをクレアの誕生日プレゼントにしてしまおう。

 めずらしいものだから喜ばれるだろう。

 懸案事項が解消されて僕はご機嫌だった。

 真珠をポケットにしまうと砂浜にいたシャルに呼ばれた。


「父上、ヤシの木に実がなっているであります!」


 ビーチを作ったときに生えたヤシの木に実がなったようだ。


「シャルがヤシの実を取ってまいります!」


 張り切ったシャルがヤシの木に登り、実を四つもいできてくれた。

 さっそくナイフを使って皮をむき、ジュースを飲めるようにした。

 がっついたシャルは喉を鳴らしてヤシの実ジュースを飲んでいる。


「どう、シャル?」

「うーん……」


 シャルの反応はいま一つだ。

 僕もヤシの実ジュースを飲んでみた。

 味は薄めのスポーツ飲料って感じかな? 

 くせがなくて飲みやすいけど、すごく美味しいというわけじゃない。


「お砂糖を加えて、レモン果汁を入れたら美味しくなるかもね」

「それはいい考えであります!」


 味は最高ではなかったけど、ヤシの実ジュースは思わぬ効果をもたらした。

 疲労困憊していたケモンシーがジュースを飲んだら復活したのだ。

 青白い顔をして息切れしていたのに、すっかり元気になっている。

 そういえば、ヤシの実ジュースはミネラルが豊富で体にいいと聞いたことがあるぞ。

 ましてやこれはガンダルシア島のヤシの実ジュースだ。

 高い効果を発揮しても不思議じゃない。

 ビーチで疲れたお客さんに喜ばれそうだから定期的に収穫してストックしておくとしよう。


 同じ日の昼にサンババーノの魔女たちがガンダルシア島へ遊びにきた。

 三人の目的は温泉だったけど、湯上りのビグマはついでにビーチにも行きたがった。


「魔女だってたまには太陽の下に出ないとね。坊や、ビーチまで案内してくれるかい?」


 魔女と太陽なんてミスマッチな気がするなあ。

 でも、ガンダルシアビーチは誰にでも開かれているのだ。

 魔女たちにだって楽しんでもらいたい。


「もちろんだよ。ビーチパラソルとロッキングチェアを出すから、ゆっくりくつろいでね」

「思い出すねえ。海といえば、若いころは浜辺の男たちの注目を一身にかっさらっていたもんさね」

「ビグマが?」

「私だって生まれたときから婆さんをやっていたわけじゃないんだよ。昔の私を見たら坊やなんてイチコロだろうねえ」


 ちょっと信じられないなあ……。


「ふん、みんなの注目をかっさらていたのはクール美女の私だろう? あんたはショタを困らせて楽しんでいただけのくせに」

「お黙り、ミドマ!」

「二人とも喧嘩はおよしよ。まあ、衆人の注目を浴びていたのは妹キャラの私だけどね……」

「カリカリのロリ体型が威張るんじゃないよ!」


 三人はわいわい口喧嘩をしながらビーチまでやってきた。

 僕とケモンシーはヤシの木陰にロッキングチェアを三つ並べた。


「さあ、ここでくつろいでね。飲み物を用意するから」


 僕はケモンシーにそっと耳打ちする。


「お世話になっている魔女たちなんだ。大事にしてあげてね」

「了解ですぜ、若様。ようこそいらっしゃいました、三ばばあのみなさん!」

「三ババじゃなくてサンババーノだよ」


 三ばばあと呼ばれた魔女たちがギロリとケモンシーを睨んだ。


「クソガキが、どうやら蛙になりたいようだね」


 ケモンシーに悪意はないのだが、ナチュラルに間違えてしまったようだ。


「許してやってよ、みんな。って、ノワルド先生!」

「やあ、セディー。今日はビーチの手伝いかい?」


 トラブルを仲裁しようとしたところにノワルド先生がやってきた。

 そうそう、サンババーノの魔女たちはノワルド先生を尊敬していたな。

 ケモンシーを許してもらうよう、先生からもとりなしてもらうとしよう。

 そう思って、魔女たちの方を振り返ると、そこに彼女たちはいなかった。

 代わりに素敵なお姉さんたちがロッキングチェアに寝そべっている。

 一人は大人っぽい黒のワンピース水着を着たお姉さんだ。

 しっとりと優しい笑みを浮かべてこちらを見つめている。

 もう一人は知的な印象のお姉さんで、こちらは大胆なビキニ姿だ。

 そして最後の一人はあどけなさの残るかわいらしいお嬢さんだった。

 細い手足にガーリーなチェックの水着がよく似合っている。

 この三人はサンババーノの魔女たちなんだよね?

 信じられないけど……。


「ごきげんよう」

「こんにちは」

「うふふ……」


 三人はノワルド先生に控えめな挨拶をして、微笑んでいる。

 先生もにこやかに会釈をしてから僕の方に向き直った。


「これからもう一度小川の調査に行ってくるよ。グッピーたちの餌も捕まえたいのでな」

「よろしくお願いします」

「それではいってくる。みなさん失礼します」


 先生は僕たちに背を向けていってしまい、僕の背後でどさりと音がした。

 振り向いてみると、もとの姿に戻った魔女たちがロッキングチェアの上で喘いでいる。

 どういうわけか服まで元通りの黒いローブになっていた。


「ハア、ハア、ハア……み、水を……」

「ビグマ! しっかりして!」


 ミドマもスモマも息も絶え絶えだ。


「ま、魔力を使いつくしてしちまった……。し、死ぬ……」


 これは大変だ!


「ケモンシー、魔女たちにヤシの実ジュースを!」

「すぐに!」


 僕らは二人掛かりで三つのヤシの実ジュースを運んだ。

 今回はリン監修の元、レモン果汁と砂糖を加えて飲みやすくしたものだ。


「さあ、これを飲んで。楽になるからね」


 三人はストローに口をつけてごくごくとヤシの実ジュースを飲み干した。

 効果はたちまち表れ魔女たちの顔に生気が戻ってきたぞ。


「坊や、なんだいこれは⁉」

「動悸がなくなっちまったよ! どうなっているんだい、えい、こらっ⁉」

「不思議……」


 魔女たちはすっかり元気になっている。


「これはヤシの実ジュースっていうんだ。健康にいいらしいよ」


 その日、サンババーノの魔女たちはヤシの実を買い占めて家路についた。

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